渡し船、ベニスに死す

これは関東大震災直後の航空写真

左が築地、右が月島です。船がいっぱい通ってますねー

大正時代、築地に中央卸売市場はまだ無く、月島は殺風景な新興の埋め立て地。両者の間には橋がかかっていないので、渡し船が出ていました。

この時点では月島が1番、海に面していたため「海辺のリゾート」的な別荘もあったようです。(この写真でいうと、右端の切れている部分が海岸。)


その後の月島は、工場が増えるわ、ほかの埋め立て地(晴海など)ができちゃって見晴らしが悪いわで、リゾートは流行らなくなったらしい。

大岡昇平の自伝「少年」には、大正時代、渡し船に乗って月島のリゾート御殿に遊びにいく様子が描かれています。

渡し船が出るのは、バタ臭い建物が多い明石町の元居留区。それだけでも少年にとってはワクワクなのに、リゾート御殿では、冷蔵庫(!)に果物とビールが冷え、地下のお風呂は大理石、お湯は獅子の口から出ていました。

遠く品川の置きに品川のお台場が飛び飛びに見える。庭には芝生が植えてあり、海を見晴らす亭(ちん)もあるが、すべては潮に痛めつけられていて、白っぽくなっている。

私が一番好きだったのは、廊下の突き当たりに置いてあるディヴァン風の寝椅子で、私はそこに身を横たえ、平らな泥の海を眺め、ガラス戸をゆする音を聞いた。

なんだか、ちょっとベニスに死す…(水辺でグッタリつながり)

やがて大岡少年は、この楽しい御殿が、なぜ豪華でノリが非日常なのか…という理由を察し、ワーワー泣きながら月島の通りを駆け抜けることになるのでした。