流行の力

外国映画で戦中・戦後を描いたモノを見ると、日本のと何か違う…。戦時下の恋愛なんかを描いていても、平時と同じ華があるような気がします。

その原因の1つとして国民服やモンペが登場してないというのもあるのでは?ほら国民服が出てくると、とたんに、うわあ〜、悲惨、大変そう〜という感じになるじゃありませんか。

国民服は、お洒落さんも強制的に泣く泣く着せられたものだと思っていましたが、獅子文六の「国民服史」によると、最初はイケてる人の間でパアっと流行した模様。みずから進んで着たというか。

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以下、「国民服史」(昭和21年)を要約してます。

■昭和15年 国民服令が出る。天下りで国民の服を決めるというので評判がよくなかったが、大日本青年回本部や翼賛会の「兄チャン」は、国民服姿になる。

■昭和16年 春のリーグ戦で文部次官が始球式に国民服を着る。それまではモーニング姿で始球式。

以降、「翼賛会の兄チャンの制服」だった国民服を大人達もどんどん着るようになる。

ここから流行スタート!!たった1年の間に広まる・広まる。

*大臣が着る。

*実業家が国民服を着用して築地の宴会に出る。

*ジャーナリスト、演劇、映画会社の人も着る。

*地主の息子は国民服を着て芸者遊びに。

*やがて町内の八百屋さんも着はじめ、隣組の男性で国民服を持っていない人は一人もいなくなる。

■ところが、昭和18年の4月、東京ステーションホテルの結婚式で国民服姿はたった1人。ついにブームは去り「気の利いた都会人の間に、国民服が見捨てられたいた」

その頃から国民服は、単なる普段着になり、流行的価値は完全に喪失。

■その後、日本は大空襲の世の中に突入し、もう「国民服だろうが、非国民服だろうが、そんなことは昔の問題になってしまった。服装の問題は、シラミを湧かすか湧かさぬか、という点まで来た。」のだそう。
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この絵は1975年の雑誌から、美化されまくった国民服イラストです。こんなわけないじゃん…。

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