存在しないことになってた光景

図説 占領下の東京 1945~1952 (ふくろうの本)

1945年から1952年まで占領下にあった東京。主要な道路はすべて横文字のものにつけかえられたそうですが、その植民地的風景は占領軍の検閲で、決して映画に撮れなかったという話。焼け跡、ルンペン、浮浪児、ヤミマーケットなども撮影禁止だったとか。

焼け跡を撮影することは絶対まかりならぬと来た。占領政策の妨害になるというのである。自分で焼いておきながらずいぶん勝手な理屈だと思ったがしょうがない。


焼け跡ばかりか、横文字の道路標識、ジープ、進駐軍の建物など一切いけない。偶然にうつっていても弁解は許されず、カットされてしまう。今の東京で横文字や進駐軍施設をカメラに入れまいとするのは、並大抵の苦労ではない。それを避けるため、良い構図もとれなければ、折角の構図も台無しにしなければ、ならない。


要するに「日本が負けたこと」、「日本をアメリカが占領していること」の事実を画面に現すことを禁じたのである。(山本嘉次郎

■画像は、占領下の贅沢なスナップ写真。熱海のおねえちゃんです。きっと彼女の声は濱田マリ風。