足袋と、こはぜの、物語

浅草の言問橋に行く用事があったんですけど、付近の神社に「昭和5年 帝都復興記念」と書かれた鳥居がありました。大正12年の関東大震災からようやく復興したよ!と。

でも、せっかく復興したーと思ったら、このエリアは昭和20年3月の東京大空襲でたいへんな目にあうわけで、かなり気の毒なのでした<復興記念

浅草の言問橋上にも火焔(かえん)が走り、逃れ来た人々は焼かれ、橋上をるいるいと埋め尽くしたという。

言問橋の遺体はすでに片付けられていたが、橋上を歩くうち足元から不思議な音がするのに気づいた。ピキピキピキ…。

目をこらすと焼けた足袋の「こはぜ」を踏む音だった。遺体の衣類はすべて灰と化したが、金物のこはぜだけが残ったのだ。それが辺り一面に散らばっている。

ああ。こはぜ物語。

画像は、昭和3年頃に描かれた言問橋(阪本牙城)。「大震災!」と「大空襲!」(昭和20年)の間の、のどかな中休み。

■こちらは、京王線の帝都復興記念切符(昭和5年)