数寄屋橋付近

この写真は、たぶん数寄屋橋の交差点なんです。【拡大画像

横文字標識の、「Z AVE」 が晴海通りで、「5TH ST」*1外堀通りなので、これが交差するのは数寄屋橋交差点かと。


着物は鮮やかだし、女の子の頬は丸いし、戦争は終わった、めでたしめでたし!に見えますが、この華やいだ銀座を、眼と鼻の先の対岸=月島3号地からジーッと眺めてレポート書いてる人(林芙美子)がいました。


前もちょっとふれましたが、林芙美子「月島の引揚者寮を訪ねて 還らぬ夫を待つ人々*2」(主婦の友 昭和24年10月号)


月島3号地*3には、戦時中の火薬庫を改装して、止むを得ず住んでいる人々がいたのです。以下抜粋。

以前は火薬の詰まっていた倉庫に、引揚家族や戦災者の家族が、ここに吹き寄せられて住まっている。


1部屋5人平均として、350人あまりの人口であろうか。


勝鬨橋1つ越した築地から銀座通りにかけては、金のかかった文明がきらめききらめき押し流れて、あれほど残酷な戦争をした街とも思えない明るさなのだが、月島の埋め立て地のこの昔の火薬庫の中には、文明なんかに浴せない人たちが、眼のふちをただれさせて、生木をいぶしての炊事なのだ。


文明と敗残の二つの分岐点のように、廣い河口が目の前に拡がっている。


華やいだ銀座が、手を伸ばせば届きそうな距離にあるだけに余計つらいものが……


この火薬庫に住む婦人は、寂しくなると3号地の岸壁に出て「お父さあん」と、シベリアの夫を呼んでみるのだそうです。


■そして21世紀。かつて「お父さあん」と婦人が寂しく叫んだ岸壁は、ウォーターフロント、という扱いになりました。
月島3号地には高級マンションがビシビシ立ってます。←←紹介文の横文字がすごいですよ!

*1:占領下の横文字道路標識については、http://d.hatena.ne.jp/NARASIGE/20061001#p1を。

*2:「幸福のヒント」 主婦の友社

*3:よくドラマに、THE下町として登場するのは月島1号地。

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