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大島行きの船は、恋人達を乗せて

三島由紀夫の「牝犬」(昭和25年/1950年)に、とっても陰気なカップルを乗せた大島行き(たぶん東海汽船)が登場していました。



大島への船出の時、主人公の青年は「勝鬨橋」を行き過ぎる車のヘッドライト*1の交差を目尻に感じているのです。


ヘッドライトを目尻に感じるくらいだから、船着き場と「勝鬨橋」がかなりの至近距離。


もし、竹芝客船ターミナルから船出した場合には、間近に「勝鬨橋」のヘッドライトを感じることはないはずなのですが・・・・・・。


■そう。実は「牝犬」(昭和25)の時代、大島行きの船は、竹芝客船ターミナルじゃないところから出ていたのです。大島行きは、銀座のもっともっと先にある、中央区勝どき5丁目(月島3号地)から出ていたのでした。


このことは、東海汽船(名誉船長=柳原良平ww)の公式サイトにも載っていませんが、林芙美子の文章(id:NARASIGE:20070802)や、中央区の高齢者座談会にもてくるので事実です。


以下、誰も興味がないと思うので、たたみます☆


ちなみにこの地図は、進駐軍の東京観光マップ。東海汽船が、勝ちどき橋のすぐそばから「OSHIMA ISLAND」に向けて出ていることがよくわかります。浜離宮は、「HAMA DETACHED PALACE」。築地市場は「CENTRAL WHOLE SALE MARLET」。勝鬨橋は、大きく開いた状態で描かれています。(進駐軍目線の地図なので、晴海通りはAVE Zの表記。)


「牝犬」の主人公が勝どき5丁目からの船出の際に、目にしたものを想像すると、目尻には勝鬨橋、右手に浜離宮築地市場。左手に晴海埠頭(接収中)。


そして勝どき5丁目の船着き場付近でに目にしたものは、戦災者や引き揚げ者の住む倉庫や、中央水産研究所 、日本食糧倉庫等でしょう。


どちらにしろ、THE 埋め立て地!!の荒涼とした風景だったと思います。小説の陰気なカップルの心象風景ってやつですか?


長谷川時雨も「東京開港」で月島3号地のことを「北海道に似ている」と書いているし・・・・(id:NARASIGE:20070906)。


■その後、1953(昭和28)年に竹芝桟橋待合所が完成し、東海汽船はそちらに引っ越したようです。


もし「牝犬」が竹芝桟橋待合所の出来た昭和28年以降に書かれていたら、三島由紀夫は、竹芝桟橋付近の光景を描いたかもしれませんね。


■この地図をピンポイントなシンクロニシティで私が入手した経緯はこちら。id:NARASIGE:20080625#p1

*1:敗戦5年目ですからね、車のヘッドライトは、日本人の車というより、おそらく晴海を接収していた進駐軍のヘッドライトでしょう。