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外皮を剥き捨てて、果物を味わう方法


獅子文六の「丸の内芝居見物」*1に、敗戦から数年たった頃の都心の劇場の様子が描かれていたので、ちょっと引用します。
(帝劇で文楽人形浄瑠璃日劇エノケン一座、日劇小劇場では裸レビューを見物)


エノケン文楽は、「外皮を剥いて食うべき果物」なんだそうです。

帝劇に入ったのは、戦後始めてだった。舞台機構も、舞台と客席の釣り合いも、ここが東京で最も優れているのに、二つの興行資本に挟まれて、苛め抜かれた劇場である。その疲れが、客席の壁にも、舞台額縁の金箔にも、表れている気がする。空気が沈み、色が褪せ、これがかつての帝劇かと疑わしめるが、文楽の興行には、むしろ調和があった。(中略)私の学生時代には、文楽一座も素浄瑠璃で東京興行に来たが、あの頃の陶酔が幾分か心へ帰ってくる。時として歌舞伎も私を陶酔させるが、他のものではダメである。辰野さんや岸田国士君は義太夫嫌いで、陶酔どころではないが、これも若い時からのひとつの癖で、慣れる機会を失ったに過ぎない。



義太夫人形浄瑠璃の誇張性は、多少デカダンスに堕入っている点もあろうが、私たちファンはそういう悪い外皮を剥き捨てる術を知っている。中身は決して腐っているわけではあるまい。(中略)客席は六分の入りであるが、ラジオで嫌われている義太夫も広い東京にはファンがいるらしく、中年、老人のほんとの愛好者が静かに見物しているのは、気持ちがよかった。



それから、時間の都合で日劇小劇場に「クライマックスショウ」へ回る。文楽からハダカ・レヴィユウは、どんでん返しであるが、ちょいと歩いただけで、そういう変化のあるのが、丸の内センター圏というべきであろう。これは立錐の余地なき満員である。9割5分まで、若い男性で占められている。(中略)



その足で、同じ建物の中のエノケン一座に回る。
ここも相当の入りである。「無茶坊弁慶」という芸題で、エノケンがパロディッシュな弁慶に扮する。私はヴォードビリアンとしての彼を、高く買っている。これも義太夫と同じことで、エノケン悪い外皮を剥いて食うべき果物である。彼がヘンな声を出したり、ヘンな腰つきをするぐらいで、神経質に辟易する必要はない。それは彼が観客に送る挨拶にしかすぎないのだから、知らん顔をして差し支えない。


“立錐の余地なき満員”だったハダカ・レヴィユウ(裸レヴュー)は、外皮を剥かなくても食べられる果物?‥‥‥‥その日、裸レビュー会場の日劇(今の有楽町マリオン)を埋め尽くした「若い男性」も、2012年は、80歳代になっていることでしょう



昭和28年頃(1953年頃)の日劇拡大画像はこちら
 





 

*1:「へなへな随筆」1952年