幸田露伴の随筆に、初夏の晴れた日に東京湾を舟にのってボンヤリしていると、東京湾の周囲がぐるりと見渡せて「天の橋立の景色を夢にでも見るようである」といった心地になることが書かれていた。東京の近くにこんなに良い光景があるのを知らないなんてみんな人生損しているよッ!と云った口調である。
一部引用すると
すぐ鼻の先の芝から愛宕高輪品川鮫洲大森羽田の方まで、陸地のだんだんに薄くなって行って終に水天の間に消える。芝居の書割とでも云おうか又パノラマとでも云おうか何とも云いようの無い自然の画が、今日はとりわけいろ具合好く現れて、毎々の事ではあるが、人をして「平凡の妙」は至る所に在るものであるということを強く感ぜしめるのである。で、思わず知らずに又州崎の方を見ると、近い州崎の遊郭の青楼の屋根など異様な形をしたのが、霞んだ海面の彼方に、草紙の画の竜宮城かなんぞのように見えて(以下略)
洲崎は明治21年(1888)に根津から遊郭が移転したそうだから、この随筆が発表された明治39年には、出来てまだ十数年の歓楽街。「遊郭の青楼の屋根など異様な形」などは間近で見るとかなりキツいものがあったと想像されますが、海上から見るとウマい具合にソフトフォーカスがかかって「草紙の画の竜宮城かなんぞのように」見えるのですね。
下は昭和3年 現代漫画大観「日本巡り」より引用の画像。男性が東京湾巡りをするとやはり、洲崎方面に目がいってしまうもののようです。