佐藤いぬこのブログ

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獅子文六「虹の工場」

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獅子文六『虹の工場』を映画化するなら、主役はピーターラビットの「トーマス・マクレガー」さんで

映画「ピーターラビット」を食わずぎらいしていました。どうせ可愛いウサギとこぎれいな白人の映画でしょ?と思っていたのです。しかし見てみたら、こぎれいな白人の恋愛がメタな感じで笑えた。「はははは、つかまえてごらんなさい」みたいな高橋留美子感あり。特に、ピーター達の敵である「トーマス・マクレガー」さんがイイ(写真左の人)!!顔は整っているけれど神経質すぎて、いろいろ台無しな青年です。

私は、(勝手ながら)獅子文六の『虹の工場』(昭和15)を読むとき、“軍需工場の神経質な御曹司”に「トーマス・マクレガー」さんをイメージしています。

蒲田の工場街は絶好調

獅子文六の『虹の工場』とは何かを説明しますね。昭和15年の蒲田が舞台の小説なんです。(小説内では、蒲田=萱田)。

現代の感覚だと、昭和15年のイメージは"翌年は日米開戦→暗そう"となりがちですが、『虹の工場』の蒲田は軍需産業のお陰で「好景気の峠」を迎えています。そして「時局成金」という階級が大発生しているのでした。

「時局成金」は趣味の悪い大豪邸に住み、成金マダム達は三越でショッピング。工場に勤める職工達も、引くてあまたなので態度がデカく、蒲田・大森周辺の"夜のお店"にガンガン金を落としています。

『虹の工場』の書き出しはこんな感じ。

昭和12年夏、北支の炎天に銃声が響くとともに、萱田の街には、日に何軒という勢いで、工場が建ち始めた。空地と言う空地は、奪い合いに借りられて、アレヨアレヨといううちに空に煙突の黒雲、地にモーターの潮騒、忽然として工場街萱田が出現したのである。(略)

 

萱田は工場の街であると同時に、青春の街である。大いに生産する代わりに、大いに消費する街である。別な言葉で言うと、キャフェ、バー、食堂、おでん屋、酒の家、トンカツ屋、焼鳥屋の乱立する街なのである。

昭和12年夏、北支の炎天に銃声が響く」というのは、盧溝橋事件のこと。 登場人物は、カフェーの女給、街のゴロツキ、軍需工場の御曹司など、全員が蒲田の人です。こう書くと、欲望うずまくエグい小説のようですが、大丈夫。悪人も「サザエさん」や「タンタンの冒険」のキャラクターのようにデフォルメされていますから。

御曹司の不器用な恋

中でも、軍需工場のボンボンである麟太郎という青年が笑える。麟太郎は、まさに映画「ピーターラビット」の「トーマス・マクレガー」さんのイメージです。麟太郎の亡父は職工からの叩き上げで大工場を築いたけれど、ボンボン育ちの麟太郎は「安洋食屋のペパーミントゼリイ」並に青白く、美術書ばかり大量に買い込んでいる青年です。人嫌いで「籠城組」の麟太郎は、人と会話するかわりに思いを「感想録」に書きまくっている。引きこもってSNSばかりしている男、といった感じでしょうか。

麟太郎は、クロウト女性もシロウト女性も大っ嫌いですが、ひょんなことから、カフェーの純朴な女給、雪子に熱をあげます。雪子の機嫌をとるために、サービスに奔走する様子がまさに「ピーターラビット」のトーマス・マクレガーさんなんですよ!神経質な男のハイテンションな恋愛って、時代や国を問わず笑えるのですね。

成金のボンボンはデートが派手

恋に不器用な麟太郎ですが、そこは時局成金の息子。デートの演出が豪華です。←ふだんは「籠城組のくせに!

軽井沢の瀟洒な別荘、ディナーは万平ホテル、弁当はバスケットに入ったコールドミート、白い革靴、レースのドレス…。そして恋がうまくいかない時は、忠実な執事に当たり散らす。これも御曹司あるあるですね。

当時の用語を自然に読める『虹の工場』

 「虹の工場」は、リアルタイムの世相を伝えています。時局成金のボンボンが恋愛に一喜一憂している一方で、町工場の主人は戦死して「区民葬」が行われるし、チンピラは国威高揚の単語を得意気に使ってみせる。「国民服」もいちはやく登場します。

以下、「虹の工場」に出てくる時代を感じさせる言葉を羅列してみます。ものものしい言葉を無理なく読めるのが「虹の工場」の良いところ。昭和15年の「虹の工場」は、まだユーモア小説のテイを保っているので、言葉の最後に「スイーツ(笑)」の要領で、国防夫人会員(笑)産業戦線(笑)と、(笑)のニュアンスがついていることが文脈でわかります。

  • 国防夫人会員
  • 綱紀粛正
  • 国防色
  • 生産戦士
  • 北満拓士団
  • 産業戦線の忠勇なる一兵卒
  • 補充兵
  • 興亜奉公日
  • 代用皮革
  • 時局成金
  • 空襲解除
  • 外米のご飯
  • 節電の街灯
  • 木炭車
  • 新帰朝者
  • 事変
  • 第二次欧州戦争
  • 国民服
  • テキサス無宿

などなど。私たちは21世紀の未来人なので、この愛すべき物語がわずか数年後にどういう結末を迎えるか知っています。軍需工場は空襲の標的になり、チンピラが遊んだ大森の花街は「性の防波堤」の施設になるのです。 ううっ。『虹の工場』以降の時代の急変について冊子を作りました。興味のある方はぜひごらんください。

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