国民服の着こなし

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国民服の広告(昭和16年5月のアサヒグラフ)です。「国民服」「興亜の晴衣」とはいうものの、イラストは、彫りの深そうな、10頭身の人が着ていますね。昭和15年11月に国民服令が出たので、ちょうと半年たったころでしょうか。

 

実際に、着ている写真をのせます。こちらは一銭五厘たちの横丁 (1975年)より。

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↓こちらの絵は、「素人」が「投稿」し、自ら動員される参加型ファシズム 大塚英志『大政翼賛会のメディアミックス』|じんぶん堂より。右上のおじさんの体型がリアルです。

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敗戦後は、こんな感じ?flickrより

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昭和27年の傘屋。

(昭和27年前後は朝鮮戦争の時期なので、ネットに日本と韓国のカラー写真が豊富です。「グランパの撮った写真」として、孫世代があげているみたい。写真の上手な人は「映える」写真をとってくれる。日本を、美しくて素朴な東洋として切り取る。↓この写真みたいに、味のある顔の老人とかね。でも写真が下手な人は、風景を美しく切り取るとか考えてないから、貧しい敗戦国がしっかりうつっている。それも貴重な情報。)

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  実際に着ると、やはりこうなりますよね。なかなか、イラストのようにスラーリとはいきません!

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このイラストは、あくまでも夢物語かと思われましたが、中島飛行機物語―ある航空技師の記録に、このイラスト的な着こなしていたと思われる珍しい人が出ていました。その珍しい人物とは、著者の上司の「赤羽さん」という日本人。髪はブロンド、目は茶色の「赤羽さん」はアメリカの大学を出たあと「中島飛行機」のアメリカ提携先との連絡事務を行っていました。そして最後の交換船で日本に引き揚げ、吉祥寺の「中島飛行機」に勤務するようになったのです。さて、スリムでブロンドの上司が国民服を着るとどうなるか、以下引用します。

 

彼は長いアメリカ滞在のため、アメリカ臭がなかなか抜けない。われわれと同じ国民服を着ているのだが、とてもダンディーで、私のような野暮くささがない。部長室に入ると、一時、外国のオフィスに入ったような気がする。(略)彼は当時すでにアラーム付きの懐中時計を持っていた。懐中時計のような小さな機器のなかにアラーム機能が組み込まれているのに感心してしまった。(略)また、朝ホテルの部屋で電気剃刀をブーンという大きな響きも誇らしげに使っている姿を見たときにもびっくりした。(略)こちらは石鹸で顔を濡らしながら安全剃刀で髭を剃った。が、赤羽さんのそんな何気ない仕草や生活道具を見ていると何だか不安になってきた。これも明らかに技術の差である。日常生活で使用する製品でさえこんなに差があるアメリカに、いったい戦争で勝てるのだろうか。

これは航空技師の方のエッセイですからね。アメリカ帰りの上司のガジェットを見て、素早く敗戦を察知してます!

 

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