佐藤いぬこのブログ

戦争まわりのアレコレを見やすく紹介

ヒリヒリする「ユーモア小説」

久しぶりに、獅子文六の「南の風」を読み返しました。

南の風 (朝日文庫)

南の風 (朝日文庫)

  • 作者:獅子文六
  • 発売日: 2018/06/07
  • メディア: 文庫
 

 「南の風」の裏表紙に「幻のユーモア小説」とありますが、これ、新型コロナの時代に読みかえすと、けっこうキツい。以前は、フンフン〜と読み飛ばせていた部分も、いちいちヒリヒリします。「南の風」は昭和16年5月〜11月に新聞連載された小説で、主人公が属する上流階級にも「時局の影響が現れだした」頃の話です。

弱者を征伐する男

具体的なヒリヒリ・ポイントは、「征伐」する男が出てくるところ。今でいう自粛警察ですね。彼は「今日も、1人征伐してきましたよ」と飲み屋で自慢するのです。「パーマネントの女がいたから、唾を吐きかけてやったとか、中学生が英語の本を読んでいたから叱ってやったとか」。しかし「彼が征伐するのは、いつも、女性や中学生で、屈強な男に対しては「糾弾の手が伸びないのであった」というのが、いかにもです。

 さらに、各種の「自粛」描写がヒリヒリする。恋愛の自粛とか、旅行の自粛とか。さらに物資(食料、ガソリン)の不足も加速しています。これも、平時に読むと、そんな時代もあったんだなあ‥‥で済むでしょうが、今は、いちいち、身につまされるんですよ。「南の風」は"実家が太い、ノンキな男が主人公"という設定ではカバーしきれない不穏さが漂うのです。

というか、獅子文六の小説では【主人公がノンキで実家が太い=現実世界がキツい】の公式が成り立つと思う。

「男は殿様の盾」

主人公が巻き込まれる怪しい宗教の発祥地カンボジアは「東亜共栄圏の重要な一角にある」という設定ですし、主人公の老母(鹿児島の士族出身)は、「男は殿様の盾。女はそれを殿様からお預かりしてる」「わが子を、自分の所有品とはおもわない」と静かに語っている点にも注目。

 朝日新聞は『南の風』連載にあたって「大東亜共栄圏の建設に邁進する国民の南方への熱情を昂揚すること必定」*1という広告を出しました。

なお、獅子文六自身は『南の風』について、戦後のエッセイ*2でこう書いています。

『南の風』というのも、少し便乗しちまったのは残念だが、デキとしては残念な作品とは思っていない。

“便乗しちまった”『南の風』連載終了直後、昭和16年12月に日米開戦。翌昭和17年7月から本名の岩田豊雄で小説『海軍』の新聞連載がスタートします。

narasige.hatenablog.com

 

 

 

 

*1:「南の風と文六さん」後醍院良正/『獅子文六全集付録月報No.4』昭和43年

*2:「私の代表作」/『遊べ遊べ』昭和32年(『獅子文六全集第14巻』収録)

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