佐藤いぬこのブログ

戦争まわりのアレコレを見やすく紹介

羽田空港と、半円形のサンルーム(獅子文六「胡椒息子」)

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獅子文六『胡椒息子』に登場する羽田空港と、半円形のサンルーム

“ヘリコプターで東京遊覧”ってバブリーな響きがありますが、獅子文六の『胡椒息子』(昭和13)には、金持ちの子供が「エア・タクシー」に乗って「東京の空の散歩」をこころみる場面があります。昭和初期の話ですよ?!えらく豪勢ですよね!

結局「エア・タクシー」には乗り損ねるのですが、『胡椒息子』から当時の羽田の様子を引用してみましょう。

染めつくように青い行手の空に、純白な、角砂糖を積んだような建物が見えた。(略)

そこはまるで小さなホテルのロビイのように、清潔で、明るかった。半円形のサンルームが正面にあって、そこから何万坪とも知れない広い草原と、青い東京港が見渡れさた。隣に喫茶室があった。(略)

飛行機に乗り降りする旅客達が、一憩みする場所であるらしい。

「半円形のサンルーム」を持つ「角砂糖を積んだような建物」!すてきじゃありませんか。どんな感じかなあ?思っていたら、藤田加奈子@foujika さんのツイートに画像を発見しました。さすが…

連載時の雑誌を入手しました。羽田の挿絵はこんな風。

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昭和12年11月号「主婦之友」

▽拡大したところ。うっすらとサンルームが描かれています。

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昭和12年11月号「主婦之友」

▽そういえば、庭園美術館昭和8年竣工)にも半円形のサンルームが。庭園美術館(旧朝香宮邸)も"角砂糖を積んだような建物"の仲間でしょうか。

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羽田と、HANEDA  ARMY AIR BASE

『胡椒息子』は昭和12年8月号から昭和13年9月号まで、約1年間にわたって「主婦之友」に連載されました。連載がスタートするやいなや日中戦争がはじまったわけですが、序盤では金持ちの贅沢ライフも(ぎりぎり)書くことができたのです。しかし、連載からたった8年後に敗戦。羽田空港は激変し、「半円形のサンルーム」も過去の夢になりました。

接収されていたころ

▽敗戦後、羽田が接収されていた頃の写真はこちら。中央にケーキのような形が見えますか?ここが「半円形のサンルームが正面にあって」と書かれた部分だと思われます。Base Operations, Haneda Japan

f:id:NARASIGE:20210623104812p:plain▽拡大画像。半円形の部分にHANEDA  ARMY AIR BASEの看板が立ってます。

f:id:NARASIGE:20210623104206p:plain▽参考までに、これも羽田(1951)。「OFFICERS MESS HANEDA  AIR BASE」(将校専用の食堂)。

1951 Tokoyo, Japan  ▽「HANEDA FIELD」の看板。Air Transport Command, Haneda Field Tokyo, Post WW2

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以上、羽田空港「半円形のサンルーム」の戦前・戦後でした。『胡椒息子』に描かれたモダン生活は、あっけなく終了。

「国は敗れ、山河とパンパンだけが残った」(獅子文六『やっさもっさ』昭和27)

という状態になりました…。

『胡椒息子』(昭和13)以降の獅子文六作品には、「時局の急転」「ご時勢」「時節柄」などの単語が頻繁に出てくるようになります。その過程を冊子にまとめました。よければご覧ください。

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