佐藤いぬこのブログ

戦争まわりのアレコレを見やすく紹介

「粋」の使い方(「暮しの手帖」の「浴衣を粋に着こなしたい」特集を見て)

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暮しの手帖」と“粋”な浴衣

2020年夏、「暮しの手帖」に「浴衣を粋に着こなしたい」という特集があって、一瞬「ん…?」となりました。今日は、「粋」の用法について考えてみたいと思います。

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「色の道」と、粋

現在、浴衣や着物について「粋が目標!」のような空気があるけれど、かつては「粋」をとりまく事情が微妙に違っていたようです。

例えば、小沢昭一永六輔のインタビュー集、「色の道商売往来」は人権無視のヒドいエピソードが飛び交っていますが、その中に「いき」がひんぱんに出てきます。たとえば

  • 囚人服(女囚)の、いきな着こなし
  • いきなイレズミ
  • いきな尺八(楽器にあらず💦)
  • 赤線を記録に残すイキな役人

といった感じ。 聞き手も話し手も「いき」をちょいちょい使う。まぁ、こういう用法もあったわけです。

narasige.hatenablog.com

 

 「粋」を避ける女性の物語

また人気作家・獅子文六の『ある美人の一生』は、「粋」を避ける女性が主人公です。「粋」を目指すどころか、がんばって“避けている”という点に注目してください。

いつも束髪だったが、努めて、イキな形になるのを避けた。付近が下町であるから、イキづくりの風俗が、多かったが、彼女は、それに一線をかくするように、当時の言葉でいえば、"高等"好みにした。

小作りで、キャシャな体つきが、ともすると、芸妓じみるのだが、彼女は極力、それを嫌って、医学博士の妻、富雄の母らしい品位を保とうとしていた。

「芸妓じみる」ことを極力嫌う主人公。美人で華奢に生まれついたゆえの苦労話ですね(笑)※獅子文六は「粋」を「イキ」、「軍部」を「グンブ」*1、「花魁」を「オイラン」、と、あえてカタカナ表記することがあります。

山の手の野暮と、下町の粋

獅子文六つながりでもう一つ例を。『随筆 山の手の子』(昭和25年)には、山の手と下町の違いが詳しく書かれています。要約すると

山の手は「ヤボの本山」

下町は「イキ」

なんだとか。お坊ちゃんの獅子文六は「山の手」サイドです。

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暮しの手帖と、「少しヤボ」な山の手

『随筆 山の手の子』で描かれた「山の手の子」と「下町の子」の特徴をまとめるとこんな感じ。獅子文六は幼稚舎から慶応なので、「下町の子」であるクラスメートもそれなりに裕福な家の子だという前提でご覧ください。

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私が少年時代を過ごした学校には、山の手の児童が多く、下町の児童を「町ッ子」と称して区別した。下町は無智で旧弊の区域と思われていたが、しかし、内心、町ッ子の自由を羨むところがあった。

なんだか「下町の子」の方が圧倒的に楽しそう!(獅子文六は「山の手の子」が、きびしい家風に反発して「下町遠征者」となった例として、永井荷風をあげています。)

獅子文六は、地方武士を先祖に持つ「山の手の子」を「無芸」だと茶化しつつも、彼らの美点を「正直で、上品で、清潔で、少しヤボ」だとしています。さらに

育ちのいい人は、なかなかスレッカラシにも、通人にもなれるものではない

とも。ここで今回のテーマである「暮しの手帖」に話を戻しますと、「暮しの手帖」こそ、「正直で、上品で、清潔で、少しヤボ」な雑誌として長年愛されてきたのではないでしょうか。もし「暮しの手帖」が浴衣の特集するならば、表紙のタイトルに「粋」を入れるよりも、「清潔で、少しヤボ」な持ち味を生かした方が自然かなあ、などと思うのです。

参考画像:山の手の娘と、下町の芸者

昭和初期の雑誌から2タイプの女性の姿をご紹介します。発する空気が全然、違うんですよ。(もちろん2タイプの間に、無数のグラデーションがあったとは思いますが…)

山の手の娘

まず、志賀直哉の一番上のお嬢さん志賀留女子さん、20才から。優美ですが、なんというか、コケティッシュなところが無い(笑)。志賀直哉は『随筆 山の手の子』で、「山の手の子の正統を感じさせる」人物として紹介されています。写真上部のエッセイは彼女が書いたもの。家族でワイワイ乗馬するエピソードに山の手感あり。(昭和11年8月「ホームライフ 」より)

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浅草の芸者

こちらは小唄師匠になった、浅草の「姐さん」(昭和11年8月「ホームライフ 」より)。上の志賀直哉令嬢と、かもしだす気配が全然ちがう。記事には「芸者時代ならもっと粋な浴衣をきたかも知れない市丸姐さんも、いささか堅気めいた浴衣をきているが」とあります。この「いささか堅気めいた」という言いまわしの微妙さよ…

ちなみに 雑誌「ホームライフ 」のファッションページは、“深窓令嬢の装い拝見”みたいな記事がほとんど。しかし夏の浴衣に限っては「下町趣味」という言葉を用い、例外的に芸者を載せていました。

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まとめ。持ち味を生かしていこう

いきなり話は変わりますが、以前サンフランシスコに行った時、街に緑を増やすことを目的とした団体から話を聞いたことがあります。その時受けた説明は、

土地の気候に合った植物を植えれば、手入れをしなくても、ぐんぐん育つ

というものでした。当たり前といえば、当たり前ですけれど、この考えは着物にも当てはまると思います。各自の持ち味(もともと真面目・もともと妖艶_もともとガサツ、など)を生かすことができれば、より、楽に着物ライフを楽しめるのではないでしょうか。

アイキャッチ画像は、1950年代の日本を訪れた外国人が撮影した写真です。

▽明治生まれの女性に「粋」について聞きました。「別に野暮ったくていいんですよ」とのこと

narasige.hatenablog.com

*1:獅子文六昭和9年『八幸会異変』(朝日新聞の文六全集11巻収録)で「軍部」を「グンブ」と書いて茶化してましたが、日米開戦後『海軍』を書くようになります

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