獅子文六の『やっさもっさ』(1952)は、朝鮮戦争(1950-1953)の時期に新聞連載されました。
舞台は横浜。「国は破れ、山河とパンパンだけが残った」横浜で、混血児の孤児院を中心にストーリーが展開していきます。先日、その孤児院をイメージさせるカラー写真を見つけたので、ご紹介しましょう。
『やっさもっさ』と混血児の孤児院
まずは『やっさもっさ』における孤児院の描写からご覧ください。
ララ物資*1のアメリカの古着を着た子供たちは、見ようによっては、ハイカラな姿で、且つ、よく似合い、どこかの植民地の幼稚園へきたようであった。
▽そして、『やっさもっさ』を連想させる写真がこちら。“Orphans 1955-1957”
どうでしょうか?
鮮やかな服が、とってもよく似合っている孤児達…。獅子文六が『やっさもっさ』で描いたように、「見ようによっては、ハイカラな姿」ですよね。
実はこの写真、日本でも、横浜でもありません。『やっさもっさ』より少し後(1955-57)のソウルで撮影されたものなんです。しかし朝鮮戦争の前後は、日本と韓国で相似の光景も多いため、あえて貼ってみました。『やっさもっさ』を読む際の参考になれば幸いです。
孤児達がこの日だけ(支援者にアピールするなどの理由で)キレイな服を着ていたわけではありませんように…。
▽関連話題: この時期、なぜカラー写真が存在するかについてはこちらをご覧ください。
『やっさもっさ』のモデル、エリザベス・サンダースホーム
獅子文六『やっさもっさ』のベースとなったのは大磯の孤児院「エリザベス・サンダースホーム」。この記事は1977年の「暮しの手帖」からで、 中央の女性が「エリザベス・サンダースホーム」園長・沢田美喜(あの岩崎弥太郎の孫)です。戦争の落とし子達に対する風当たりのキツさがうかがえます。
冷たい白い眼で見られる混血児を、あえて引き取って、人並みに育てるという沢田さんの行動は、日米双方から歓迎されなかった。占領軍は自国の兵隊たちの無責任な行為をかくしておきたかったし、日本の役人は敗戦の恥辱の生きたシンボルを救って何になるとののしった。
「岩崎家」の野生の血と、「エリザベス・サンダースホーム」
獅子文六はエッセイで、「エリザベス・サンダースホーム」園長・沢田美喜のワイルドさにふれています。お金持ちの優しい女性を予想して会ってみたら、彼女の祖父=岩崎弥太郎の野生キャラでビックリ、みたいな。(獅子文六全集第15巻「沢田美喜女史」より)
戦争児と言うものは、当時、私にとって、ショックであり、それを収容する設備を、個人で始めた人が、同じ大磯に住むと聞いて、私を訪ねていかずにはいられなかった。(略)
私は女史がカトリック信者で、富豪の娘と聞いているので、慈善家型の感傷的な女性を想像していたのだが、まるで、反対だった。ドライで、勇ましい話し方も、容貌体躯も、何か、新しい同性の友人を発見した気持ちだった。(略)
私は女史のうちの素晴らしい野生の出どころを考え、結局、それを岩崎家の血とする外はなかった。三井家のほうは、代々の長い富豪生活で、一族の容貌まで貴族化しているが、岩崎家は家歴が浅く、血も若いのだろう。女史を知るには、岩崎弥太郎を研究する必要があると思った。
もっともこれぐらい野生的じゃないと、世間の逆風に勝てなかったでしょうね。
進駐軍向けの「享楽施設」
さて、『やっさもっさ』には、孤児院と同時に、進駐軍向けの「享楽施設」(キャバレー・ダンスホール)が登場します。
そして進駐軍向けの享楽施設を、「占領児」の「製造元」と位置付けている。生まれてくる「占領児」についても
タネが怪しい上に、畑が滅茶なのだから、ロクな作物が成るわけがない。
と、さんざんな書き方です。横浜出身で横浜愛のある獅子文六だから、ギリギリセーフ?
主人公の女性は孤児院を切り盛りし、彼女の夫はひょんなことから享楽施設で働いているという皮肉な設定。 ちなみにこの夫妻、戦後落ちぶれたといえ、上流階級の出身で英語も堪能です。(←獅子文六設定あるある)
ともあれ『やっさもっさ』は、【孤児院】と【享楽施設】の両輪で賑やかにすすんでいくのでした。モデルとなった「エリザベス・サンダースホーム」の沢田美喜に該当する人物は、脇役として登場します。
ところで、私の住んでいる街(元・米軍基地)も『やっさもっさ』と同じく、進駐軍向けの「享楽施設」が大繁盛した過去がありました。松本清張『セロの焦点』の舞台にもなったのです。
現在、街は完璧に再開発され、過去は封印されています。が、当時のリアルは第30回芥川賞候補になった『オンリー達』*2(広池秋子)にしっかり描かれている。エンタメ小説の形をとっている獅子文六の『やっさもっさ』と違って、『オンリー達』は敗戦国のミジメさがてんこもり。わびしさに耐えられる人は『オンリー達』もぜひ読んでみてください。
▽関連話題:『やっさもっさ』で享楽施設を束ねている会社は、スーベニアショップも手広くやっている設定でした。