「頭のいい連中や、落ちついた連中」の日中和平運動秘話
私が「TENET(テネット)」を見たときの感想は、「戦争を阻止しようとする青年たち。よくわからないけど、すごく大変そう」という、ぼんやりしたものでした。
今回ご紹介する『揚子江は今も流れている』も、「戦争を阻止しようとする青年たち。よくわからないけど、すごく大変そう」な内容です。作者の犬養健は、安藤サクラのお祖父さん=犬養毅の息子。
昭和の人気作家・獅子文六が、この本を“「頭のいい連中や、落ちついた連中」が戦時中、密かに行なっていた和平運動の話”*1と推していたので読んでみました。
寝そべりがちな登場人物
では私なりに『揚子江は今も流れている』を、浅くぼんやりと紹介しましょう。この本の特徴の1つとして、登場人物がベッドやソファでぐったりしがちなことがあげられます。(そこ?)
大切な相談も、意外と寝転びながらしているのです。秘密の任務をこなす人たちは、身も心も消耗するのでしょうね。例えば横浜のホテルニューグランドではこんなふう。
私も康*2につき合って、隣の寝台の上に寝ころびながら康の目を覚ますのを待っていた。(略)
康と私は仰向けになったまま、懸案になっている日本軍の撤兵、領土と賠償要求、治外法権の撤廃などの問題を、順序構わず雑談のような形でゆっくり話し合った。(略)
私は良い機会でもあるし、双方が寝転んで気持ちもゆったりしているので、友情として本心を打ち明けた。もしも華北が第二の満州のようになってしまって、このまま日本の軍事力の下に置かれる特殊地域になりそうだというならば、君は潔く和平運動から手を引くがよい。
といった調子ですから、つい辞書芸人サンキュータツオさん(広辞苑に「BL」を入れた人)が、頭をよぎるのでした。
舞台は、憧れの名建築
そして特徴の2つめは、憧れの名建築が登場すること。もっとも、秘密の任務をおびた人たちですから、名建築でもリラックスしていられません!
バラが有名な洋館で毒殺されそうになったり、ホテルに泊まる時は「四階建ての別館全部」を借りきったり(←でも結局、怪しまれて勝手口から夜逃げする)。
なんなら『揚子江は今も流れている』をもとにして、「裏・名建築で昼食を 」を作れそうな勢いです。クラシック建築は、戦中戦後の暗部を見つめてきたでしょうから。
以上、簡単ですが『揚子江は今も流れている』の紹介でした。世界が大変なことになってる今、和平運動に走り回っている人たちがいることを信じたい。
おまけ
これは富士ビューホテル。『揚子江は今も流れている』には出てこなかったホテルですが、参考まで。『東京のハーケンクロイツ』(中村綾乃 白水社)で、ナチ戦犯ヨーゼフ・マイジンガーがこのホテルにひそんでおり、占領軍上陸から1週間後に逮捕されたと知りました*3。クラシック建築が、戦中戦後を見つめていた例です。