佐藤いぬこのブログ

戦争まわりのアレコレを見やすく紹介

原宿にあった「海軍館」と、『なんとなくクリスタル』

f:id:NARASIGE:20220406124114p:plain

海軍思想を広める施設「海軍館」

かつて原宿に「海軍館」という施設があったのご存知でしょうか?場所は東郷神社の脇で、ビームス原宿の向かいあたり。

堀内誠一の自伝『父の時代 私の時代』に、海軍館の描写があったので引用してみますね。ジオラマや食事など、子ども心をくすぐる仕掛けが詰まっていたことがうかがえます。

父の時代・私の時代 わがエディトリアルデザイン史

東郷神社の境内に海軍館という戦争博物館ができました。(略)海軍館には大きな水槽に潜水艦の断面を見せた模型が入っていて、どのように海水をとり入れて潜航を始めるか、浮上の時は圧搾空気がどのように海水を排除するかが解るものや、子供が飛行機を操縦したような気になれる乗物装置、海戦のジオラマなどが沢山動いていました。

おまけに地下の海軍食堂では、食器に全部、錨(いかり)のマークが入っていて、潜水艦の乗組員と同じというコンパクトな食事まで味わうことができたのです。私にとっては、学校から団体見学があると、これらの模型装置を父が作っているということが自慢でした。*1

▽こちらは昭和16年の『幼年倶楽部』より、東京原宿の海軍館を見学しているところ。堀内誠一昭和7年生まれなので、ここに描かれている子供たちとほぼ同世代でしょう。

f:id:NARASIGE:20220406191330j:plain

昭和16年6月 講談社『幼年倶楽部』

▽海軍館の外観はこんなかんじでした。どっしり。

f:id:NARASIGE:20220402082211j:plain

『海軍館大壁画史』昭和15年 海軍館壁画普及会

▽これは海軍館が完成した昭和12年の雑誌から。 「海軍思想と海国精神の普及を目的として一昨年来東京原宿に新築中の海軍館はこのほど完成、5月27日の海軍記念日を期して一般公開を開始した」。

f:id:NARASIGE:20220406130230j:plain

『ホームライフ』昭和12年7月号 大阪毎日新聞社

▽海軍館に展示されていた絵画については、こちらもぜひご覧ください。

narasige.hatenablog.com

 

戦後の海軍館

そして敗戦。海軍館はどうなったかというと、原宿にあった社会事業大学が使っていたんですね(公式サイト年表)。大学は1989年に郊外へ移転しており、海軍館の跡地は原宿警察署になっています。

そういえば私が小学生の頃に通っていた塾は、“原宿の社会事業大学”が会場でした*2。つまり、私は知らないうちに海軍館のそばを歩いていた可能性があったのです。しかし、そのへんの記憶がボンヤリしていて残念…。(もっとも塾帰りにキデイランドに寄ることしか考えていない小学生が、古い建物に興味を持つわけがありません)

海軍館のお隣に、女子学生会館ができた

先日、南青山の老舗「ビリケン商会」様(私が作ったZINEを扱っていただいてます→□)の三原ミミ子さんに、“海軍館についてご存知ですか?”と何気なくうかがったところ、三原さんはご親切にも、原宿で長く仕事をされている方にお話を聞いてくださったのです。その方は海軍館のご記憶はなかったものの*3、付近にあった「東郷女子学生会館」をすぐに思い出されたとか。

▽そして、これがその「東郷女子学生会館」。そびえたつ女学生会館の右側をご覧ください。見切れているのが海軍館!カラーの海軍館にビックリです。こんな感じで建っていたんですねえ。(この写真の存在も三原ミミ子さんから教えていただきました)

f:id:NARASIGE:20220402081541j:plain

ジャパンアーカイブスより「東郷神社・東郷女子学生会館」

クリスタルと海軍館

さらに東郷女子学生会館を検索していたら、あの『なんとなくクリスタル』(1980年 田中康夫)に出ている、との情報を発見。さっそく『なんクリ』を購入してみると、たしかに「神宮1丁目にある」女子学生会館が登場しているではありませんか。

昨日の晩、私は江美子と一緒に六本木のディスコ遊びに出かけた。江美子は、原宿にある女子学生会館に入っている。

『なんとなくクリスタル』の名物、注釈集には「外泊する場合には、外泊先の証明書が必要になります。 地方に住む両親は、これで安心しているのですが、“法の抜け穴”というのは、考えればいくつかあるものなのです。」などと書かれていました(笑)

ああ、「海軍館」と『なんとなくクリスタル』が、隣りあっていたとは!時空の重なり具合にクラクラしてしまいます。(しかし、1980年の「地方に住む両親」の中には、“おや、女子学生会館は「海軍館」の隣じゃないか。子供の頃にジオラマ見たなあ。この周辺なら娘を預けても安心👍”なんて思う人がいたかもしれません)

まとめ

以上、「海軍館」のご紹介でした。2022年4月、世界は大変なことになっています。もし原宿に行く機会があったら、ぜひ 現在・過去・未来に思いをはせてみてください。このエリアにある和田誠記念文庫も、おすすめです。

▽敗戦から『なんとなくクリスタル』までは35年。2022年からふりかえると、焼け野原とクリスタルはけっこう近い。

f:id:NARASIGE:20220405105323p:plain

【参考】

便利なアプリ「東京時層地図」を使うと、まず海軍館が建ち、そのあと東郷神社やその他の建物がどんどん出来ていく様子がわかります。(※東郷女子学生会館は建物の形だけが記載されていたため、神社関係の施設かと思っていました)

f:id:NARASIGE:20220407212148j:plain

引用元:東京時層地図(昭和戦前期)

▽時間の重なりといえば、有楽町の日劇もすごいんです!(現マリオン)

narasige.hatenablog.com

*1:堀内誠一の父親は図案家でしたが、海軍館や鉄道博物館の模型も手がけていました。

*2:泉麻人氏も、塾の会場が社会事業大学だったとか。「小学5、6年生だった当時、日曜日に通っていた進学教室の会場が東郷神社の隣の日本社会事業大学(現在、原宿署がある)のキャンパスだったのだ。」

泉麻人が綴る、原宿・表参道「オシャレカルチャー」変遷史 | 人生を豊かにする東京ウェブマガジン Curiosity

*3:海軍館については“あのあたりに鬱蒼と木が茂っているところがあった”という印象だそうです。

h3 { color: #FFFFFF; background: #000000; padding: 0.5em; } h4 { border-bottom: dashed 2px #000000; } h5 { border-bottom: double 5px #000000; }