今になって『デスノート(テレビ版)』を見ています。(脇役で、ひいきの俳優が出ていると聞いたもんですから)。「L」は、ソファに“横向き”で座る人なんですね。だるそうなのに、ツルン!と上手に座るからつい感心してしまう。
獅子文六『胡椒息子』と、オシャレ椅子
「L」の“横向き”座りを見て思い出したのは、昭和の人気作家・獅子文六の『胡椒息子』です。
昭和12年8月の連載第1回目では、主人公の姉である金持ち令嬢が、やっぱり横向きに座っているんですよ*1。
オシャレな椅子に、横向きでダラっと座る令嬢。舶来のタバコを吸いながら…。しかもこの邸宅には美容院レベルの施設が備わっている。贅沢ですね。
実際、彼女はモダン都市を謳歌し、不良青年と遊びます。読者も、金持ち令嬢を擬似体験できるというわけ✨
▽横向きに座る令嬢。金属をつかったオシャレ家具ばかりの部屋。
オシャレな椅子と、昭和初期
『胡椒息子』の連載時(昭和12-13)、すでに金属を使った椅子があるのは意外な感じがするかもしれません。ただ、このテの椅子が誕生した時期は、日本では昭和初期頃に当たるんですって。
▽例:昭和13年、「豪華な近代設備を誇っている」九段坂のアパートです。
▽先日見かけた武蔵野美術大学「みんなの椅子」展(2022・撮影可)。→武蔵美の解説ページ
1930年代から40年代にかけ建築の領域では、装飾や歴史性を廃し万国共通の様式や工法を是とする「国際様式」が勃興します。
『胡椒息子』から消えた令嬢と、日中戦争
さて。“オシャレ椅子に横向きで座る令嬢”に話を戻します。
『胡椒息子』の連載は1年間。序盤での令嬢は、浪費のかぎりを尽くしそうな勢いでした。もはや副主人公といっていいくらい目立っていた。しかし後半、彼女の姿がパッタリ見えなくなります。これは『胡椒息子』の連載開始と、日中戦争 のスタートがほぼ同時だったからではないでしょうか。
▽連載1回目の目次。華やか!
▽連載4回目の表紙。上の目次と、同じ年・同じ雑誌には思えません!!
『胡椒息子』の連載がはじまったのは昭和12年夏。この時点で日中戦争のドロ沼化を予想するのはムリ…。しかし時代はグイッと急変します。『胡椒息子』にも、“神社の夏祭りが「支那事変の折柄」規模を小さくして行われる”という文が出てくるように。この状況じゃ、令嬢だけがいつまでも贅沢三昧しているわけにはいきませんわね。
「オシャレな椅子に、横向きに座っちゃう浪費キャラ」は、ちょっとだけ、照れくさい(笑)。でも、こういうキャラクターを描きにくくなる時代の再来は、カンベンしてほしいと思うのです。
▽日米開戦後に書かれた獅子文六『海軍』については、こちらを。
*1:小説中には横向き座りの描写はないけれど「令嬢にあるまじき姿」となっています。「 ホーム・ドレスの裾から、高々と素足の膝を立てて、片手に歯型のついた板チョコを握り、もう一方の手で『ターキー』という雑誌を拡げ、令嬢にあるまじき姿勢を見せている。」