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涙と、アンティーク

現代と、いわゆる “ふるきよき時代”の間には、飢餓の時代があった…

「都会の娘は晴着をみんな食糧に代えてしまった」武井武雄


敗戦後、法律を守って配給食糧だけを食べ、餓死した裁判官も出た時代。


■「すてきなあなた」。大橋鎮子さん、戦時中に大切なひな人形を食料に代えるの巻(1977年・春号)

その日私はいつ戦争が終わるのか、ということさえも考えられずに、ただ飢えをしのぐための買い出しに、小雪ふる印旛沼のほとりの農家の土間に、凍る想いで立っていたのでした。そして、農家のおひな祭を待つ人と、空腹でじゃがいもを1コでも買いたい私とでは、王さまと乞食ほども違います。それは、みじめな思いでした。


(中略)上野から京成電車に乗りました。たしか町屋へんで、空襲警報にあい、電車からおろされて、2.30分、雪のチラチラする路上にしゃがんで退避しました。人形をかかえ、私はやっと津田沼でのりかえて、印旛沼にたどりつきました。印旛沼も氷がいちめんにはり、寒くて、悲しくて、涙がにじんで、鼻水が出て仕方がありませんでした。

「すてきなあなた」ですから、わりとソフトな調子で書いてあるけれど、都会の娘の「空腹で、みじめで、寒くて、悲しくて、涙がにじんで、鼻水が出て」が伝わってきますな


ちなみに、このエッセイの最後は、“1977年、青山通りのウィンドーでアンティーク西洋人形を見て、ヨーロッパの長い戦争に思いをはせる私……”のような感じになっていました。「すてきなあなた」らしい〆ですね〜


アンアンの堀内誠一氏の展示の時もつくづく思ったけれど(id:NARASIGE:20090814)、60年代、70年代に活躍した人は、「1945年の飢え」と「1977年の洒落た青山通り☆」の、両方を体験してるんだなぁ