獅子文六と「ご時勢の急変」をテーマにしたジンを作りました

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BOOTH で販売中です!(その他、金沢のオヨヨ書林新竪町店でも取扱有り

 

ninshikibusoku.booth.pm

流行語の「認識不足」と、獅子文六

 昭和の人気作家、獅子文六

獅子文六がユーモア小説家としてブレイクした矢先に、日本は戦争モードになりました。( 朝ドラ「エール」の古関裕而もそうですよね)

 

「認識不足時代」ご時勢の急変と、獅子文六 」は、当時の流行語だった「認識不足」を軸にして、昭和11年〜25年の16作品を並べています。戦争に突入する時代をテーマにしたジンですが、お茶の時間にサッと読めるように作りました。フェーズが変化するたびにキラキラしたモダン生活が消えるのを感じてください。

 

ちくま文庫の「断髪女中 獅子文六短編集 モダンガール編」をセレクトされた山崎まどか様のTwitterより。

 参考画像の例

ジン「認識不足時代」には、当時を知る手がかりとして画像を紹介しています。これは国際連盟脱退の頃の漫画。かわいい絵ですが、当時の空気が伝わってきますね。(昭和8年2月講談社「キング」小野寺秋風) 

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こちらは昭和14年「欧州大戦勃発」の漫画タイトル(昭和14年11月新潮社「日の出」)

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本名の岩田豊雄で、「海軍潜水学校」を訪れている記事。主婦之友(昭和17年12月)大東亜戦争一周年記念号より。

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ジン「認識不足時代」ご時勢の急変と、獅子文六 」は、画像が多め・字も大きめ。「獅子文六に興味ないなあ」という方もぜひ!コロナ禍で時代が急変している今、何かのヒントになりますように。 

narasige.hatenablog.com

 

佐藤いぬこ プロフィール

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こんにちは。佐藤いぬこです。

メール:1105piyo@gmail.com

 

 「戦前・戦中・戦後をシームレスにとらえたい!」そんな思いで、このブログをやってます。 

 

以前は、着物イメージトレーニング部屋  という、着物にまつわるサイトを作っていました。

 

「過去と現在は地続きなんだな。まるでピタゴラ装置だなあ。」と感じてもらえると嬉しいです。(アイコンは、昭和15年の雑誌広告より)

 

プロフィール

「情報量の多い画像」が大好き

情報量の多い画像を発掘するのが大好きです。気づけば10年以上、古い雑誌やネットで画像を集めています。

例1)戦前漫画の蒐集

「不良よけ浴衣」(昭和8年9月新潮社「日の出」阪本牙城)

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これをTwitterで紹介。

 例2)外国人が撮影したカラー写真を、ネットで蒐集

「おんぶ」とミニスカート。シュミーズがチラリ。親娘の服装がまったく違う時代。  Kamakura-01 | Donald Boyd | Flickr 

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 これをブログで紹介。

narasige.hatenablog.com

 

今まで出したジン(冊子)

①昭和の人気作家 獅子文六と時代の急変について考えたジン

narasige.hatenablog.com

②お年寄りの聞き書きを集めたジン

仕事柄お年寄りと接する機会が多かったので、こんなジンもつくっていました。

Lilmagさんの紹介文より

モノがなかった時代の装いの実態と工夫、基地の町の日常など、興味深いお話の数々をはじめてZINEにまとめました。添えられた図版と一口情報も、昔の生活を想像する助けとなってくれます。

lilmag.org

③女性の「冷え」と健康を考えたジン

lilmag.org

 

 

綴方教室と、獅子文六の「団体旅行」

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「綴方教室」と、獅子文六の「団体旅行」

昭和13年の雑誌を見ていたら、映画「綴方教室」の作者、豊田正子(当時17歳)が出ていました。ふっくらとした愛らしい顔立ちです。

 

豊田正子は「綴方教室」で有名になった人。そして、獅子文六の短編「団体旅行」(昭14)で、かなりイジられている人でもあります。 

 

▼映画化された「綴方教室」。高峰秀子

黒澤明 DVDコレクション 52号『綴方教室』 [分冊百科]

貧乏な少女が、「綴方」でブレイク

獅子文六の短編「団体旅行」(断髪女中(ちくま文庫)収録)では、ヒロインの成金令嬢が豊田正子の「ライヴァル」だった、という設定なんです。←作中では豊田正子が「正田豊子」になっている。

 

この成金令嬢、少女時代はかなり貧乏でした。しかし貧しさを明るく綴った「綴方」が世間の注目を浴び、なんなら「綴方教室」の豊田正子くらいブレイクしそうだった。

しかし令嬢の父親が支那事変の勃発と共に」軍需景気で大儲けした結果、綴方がピタリと書けなくなってしまったのです。

綴方と貧乏とは、切っても切れない縁があるらしい。彼女が裏店のガキから、小市民の娘に出世して、途端に綴方が下手になったのも、蓋し無理からぬことであろう。

獅子文六は、こんな調子で「綴方」というジャンルを「チンピラ文学」とよび、茶化しまくります。

 

さて、リッチになって文才を失った成金令嬢は、「ライヴァル正田豊子さん(=豊田正子を見返さんと」 焦ります。貧乏時代のカンを取り戻すために工場で働こうとしたり、行きずりの文学青年(←主人公)に文章指導を頼んだり。

令嬢が時代の寵児となった豊田正子に嫉妬の炎を燃やしている様子は、すごく可笑しいのです。

 

【参考画像 】成金令嬢の父の工場は、昭和12年支那事変の勃発と共に」めちゃくちゃ儲かったという設定。

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 新潮社「日の出」(昭13年2月)

 

天才少女と指導者

成金令嬢は、しきりに文章の指導者をほしがります。「ライヴァル正田豊子」さんには「綴方指導の神様のような後盾」である先生がついているから。

 

「正田さんが偉くなったのは、みんな大川先生が御尽力したからなのよ。ああ、あたいも大川先生が欲しい」と言って、作家志望の主人公にグイグイせまる。彼も「僕があなたの大川先生になりましょう」なんて、まんざらでもない様子。

 

▼この記事には「綴方指導の神様」こと「大川先生」のモデル=大木先生の姿が出ています。令嬢が見たらキーッとなりそう。

【写真キャプション】「『綴方教室』を書いて天才少女をうたはれている豊田正子さんと、本田小学校の大木先生。先生のお宅にて。」

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昭和13年8月「ホームライフ」

(後年、この2人の間にゴタゴタがあったみたいですけれども…)

 

▼成金令嬢は自分のことを「あたい」といいます。豊田正子さんも記事の中の一人称は「あたい」。「あたい、気取ったりお行儀よくしたりすんの嫌ひさ」と言っている(ことになってる)。

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昭和13年8月「ホームライフ」

「時局成金」+「綴方」

昭和15年頃までの獅子文六は、しょっちゅう成金階級を茶化しています。「楽天公子」のレーヨン成金、「金色青春譜」の炭鉱成金、「虹の工場」の軍需工場おぼっちゃま等…。 もちろん、短編「団体旅行」でも、時局成金を盛大にからかいます。

 

「団体旅行」のヒロインは、①成金で、②(ブレイクしそこなった)綴方少女。もう、いろいろ茶化しがいのあるキャラ設定ですね!

「団体旅行」はお洒落度の低い作品ですが(笑)おすすめです。

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非常時と、獅子文六「金色青春譜」

 

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「金色青春譜」は、贅沢と非常時のミルフィー

獅子文六の長編デビュー作「金色青春譜」(昭和9)は、大金持ちの未亡人と、ケチな美男のラブコメディです。

 カタカナの贅沢品がどっさり出てきて楽しい!2ダースのシャンパン。ニュー・グランドのフィレ・ド・ソール。スウェーデンの皿にチェッコのグラス。ローマのトリトンを模した噴水のある庭…

 

ところが「金色青春譜」には、優美な舶来品に混ざって、ちょいちょい「非常時」という言葉が登場します。

 贅沢・非常時、贅沢・非常時、贅沢・非常時…

カタカナ贅沢品と「非常時」のミルフィーユが「金色青春譜」なんです。

 

 たとえば、悪者は「目下は非常時でゴワして」とヘリクツをこねるし、未亡人のスキャンダルは「この非常時に」と非難されます。悪徳弁護士は「国家は即ち非常時ジャ」と横領を正当化し、美男の主人公が恋を避けるのも「非常時」だから、という設定。

…とまあ、非常時連発なわけですが、当時の雑誌を見ると、やはり「非常時」の文字が踊っているんですよ。そう、「金色青春譜」が書かれた前年(昭和8)に、日本は満洲のゴタゴタから国際連盟を脱退したのです。

www.archives.go.jp

「非常時」の雑誌付録

こちらは「金色青春譜」の前年に出た冊子で、昭和8年5月発行の講談社「キング」付録「非常時国民大会」。ものものしい表紙ですが、中は人気漫画家のイラストをたっぷりと使って、"国際連盟を脱退するとどうなるの?これから日本はどうなっちゃうの?"を解説しています。冒頭の文部大臣・鳩山一郎の挨拶はこんなふう。

わが国は今や内外ともに重大なる難局に当面してゐる。国際連盟との絶縁から今後の対外関係にはよほどの苦心を要するであらう。満州国の将来についても、わが国民はまだまだ多くの努力を払わなければならない。

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▼「非常時国民大会」の挿絵の一例。キュートな版画でおなじみ、前川千帆による漫画です。日の丸が万里の長城にひるがえっています。(2021年7月の前川千帆展、楽しみ〜)

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前川千帆の漫画(昭和8年5月 講談社キング付録より)

▼これは、池部釣(俳優 池部良のお父さん)の漫画。兵隊と市民が席をゆずりあっています。「我々の生命線を守る兵隊さん、さアここへお掛けなさい」「ハイ有難う、貴方方こそ我々の後方線を守る方です。どうかお掛け下さい」。「我々の生命線」は、満洲のことですね。

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池部釣の漫画(昭和8年5月 講談社キング付録より)

 

「金色青春譜」の非常時はいつまで続く?

現在の私たちは「金色青春譜」に書かれた「非常時」がいつまで続くのか、最後はどんな悲惨なことが待っているのか知っています。でも当時の人は、いつ「非常時」が終わるのかわからないんですよね〜。ちょうど2021年4月の私たちがコロナ禍の終わりを知らないように!

 金色青春譜  (ちくま文庫)に収録されている「浮世酒場」(昭和10)も、テーマはやっぱり「非常時」。書き出しは、こう。

満州事変以来、国行隆々樽たるに連れて、日本酒党がメッキリ殖えました。

 「浮世酒場」に登場する酔客の関心の的は、非常時に「どっちへ転んでも食いハグレは無い」商売とは何か?です。「非常時はそう早く解消しそうもない」と予測している人は、大衆の不安を麻痺させる商売、つまりアルコールと新興宗教がベストだと考えている。

一方、"非常時はそろそろ終わって平和になる"とみた軍事小説家は、いちはやく恋愛小説に転向するつもりです。フットワークが軽いなあ。

(ちなみに「浮世酒場」で"アルコールと新興宗教"を選んだ2人組のスピンオフ?が、昭和11年の「霊魂工業」です。ちくま文庫ロボッチイヌ 収録)

 

 「金色青春譜」に描かれた贅沢&非常時のミルフィーユは、ついつい贅沢部分に目を奪われがち…。が、ここはぜひ世知辛い「浮世酒場」も一緒に読むことをお勧めします!贅沢&非常時の"層"がクッキリ見えてくることでしょう。

【オマケ】国難を笑って一掃!

▼こちらも昭和8年の雑誌付録「笑ひの日本」(新潮社「日の出」)。前書きはこんな感じです。

笑へ!大いに笑へ!今の日本に1番必要なものは、朗らかな笑ひだ。うっとうしい国難も、不景気も、健全な笑ひによってのみ、打開されるのだ、一掃されるのだ

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 「笑ひの日本」では徳川夢声が、ナチス焚書をとりあげています。

諸君、ヒトラーナチスが書籍をピラミッドほどに積み上げて焼却した、と云ふ事実を何んと見るか。実に言語道断の処置と云はねばならん。(略)敢へてヒットラーに吾輩は抗議を申し込まんと欲するものである。すなわち「なぜ、焼き捨てるくらいなら屑屋に売って財源を得なかったのか」と。

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徳川夢声演説「世相を嘆じて三原山を論ず」 

で、次ページにはクズ屋を呼んだヒットラーの図があるんですよ。ローマ字表記が昔の少女漫画っぽいですね。(ちなみに、ちくま文庫「金色青春譜」に収録されている3作品のすべてに、ヒットラーの名前が出てきます。探してみてください)

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昭和8年8月 新潮社「日の出」付録 「笑ひの日本」

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歌舞伎座が焼けていた時代

野坂昭如のエッセイで、"歌舞伎座が焼け落ちているので、東劇で歌舞伎を観た"というエピソードを読んだことがあります。東劇で歌舞伎を観た帰り道、朝鮮戦争が始まったことを新聞で知ったのだとか。朝鮮戦争の勃発は1950年(昭25)です。

 

そう、歌舞伎座は敗戦後5年間、クローズしていたのです。再開は1951年(昭26)1月。以下の写真で、歌舞伎座が再開するまでの様子をご覧ください。

立ち入り禁止の時代

flickrより パッと見は、外観を保っていますが、柵に囲われています。人々の服装が、黒い…。

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拡大すると、窓がポッカリと黒い穴です!壁も煤けている。

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復興中

1950(昭和25) Coal-burning Car 木炭自動車の背景に、歌舞伎座が。正面に足場が組まれていますね。再開準備中。

Coal-burning Car | Tokyo, 1950 photograph by my father. | Tom Smith | Flickr

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再開しました

Flickrより 1952(昭27)おお、再開している!窓にも格子がある!f:id:NARASIGE:20200712144509j:plain

敗戦から10年経過

Flickrより 1955(昭30) 隣接する出光ビルの屋上に「ガソリン」の広告もつきました!木炭車の時代は、去った!

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 時代は飛んで、1967(昭和42)の風景です。敗戦から22年。右下の女性たち、かなり大人に見えるけれど、意外とアラサー?楽しそうに見える彼女たちですが、中には、子供時代の戦争体験に夜ごとうなされている人がいるかもしれません…。

Tokyo - Kabuki-Za Theater

歌舞伎座明治座が、再開時期を競っていたエピソードはこちら。明治座歌舞伎座より早く再開した影には、レスラーになる前の「力道山」の活躍がありました。ぜひご覧ください。

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10代の原節子「新しき土」

日独合作映画「新しき土」の撮影風景  原節子16才

ホームライフ 昭和11年(1936)8月号より、日本とドイツの合作映画「新しき土」の撮影風景です。原節子1920年生まれなので、この時16歳くらい。パッと見たかんじ、16歳には見えませんよね?(映画の中では10代らしく、とっても華奢です。)

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「新しき土」の監督はドイツのアーノルド・ファンク

監督はドイツのアーノルド・ファンク。「山岳映画王として世界の映画界に特異の位置を占めている」と紹介されています。

山岳映画王として世界の映画界に特異の位置を占めているドイツのアーノルド・ファンク博士は、撮影技師、女優などを引具して来朝、日本を題材とし、日本の風光と日本人の生活を広く世界に紹介するための映画「新しき土」を撮影するため、約5ヶ月にわたって北海道から九州、さては信州方面、瀬戸内海あたりの写真をカメラに収めていたが、いよいよ7月4日から京都のJOスタヂオのセットに入り、劇の部分の撮影を開始した。

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「撮影中のファンク博士とアングスト技師」

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(ちなみに アーノルド・ファンク監督の山岳映画に出ていた女優が、レニ・リーフェンシュタールドキュメンタリー映画「レニ」では、"ファンク監督は、雪崩でも撮影を強行した!ヒドい目にあった!!!"と怒っています)

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「茶席の場面撮影 お手前の指導を受ける早川雪洲原節子

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「茶室の大セットで夜間撮影」

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「協力監督者伊丹万作氏」 現場、大変そうだなあ。

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凝り屋のファンク監督

なんだか・おかしな・人たち (文春文庫)に、「新しき土」の撮影エピソードが出ていました。 たったワンカットを30回も40回もテストをする監督に、日本人は爆発寸前だったようです。

「カツドウ屋奇人伝」山本嘉次郎

以前ドイツからも監督やカメラマンなぞが来て、映画を撮ったことがある。それが原節子一躍有名にした「新しき土」である。(略)

 

監督が凝り屋のファンク。カメラマンも凝り屋のアングストだから、そのゴリガン(無理を通す)ぶりは相当なもので、日本人ども、カアスケ(カアッと、のぼせる)だった。ある場面で、原節子が、庭に面した廊下を延々と歩く姿を、延々と移動撮影することになった。つまり日本家屋を隅から隅まで見せようと言う魂胆である。ところが、カメラの移動が一寸でも遅れたり、原節子の足が半歩でも速くなると、障子の影や庭木の後ろに隠しているライトが、丸ッポ出たり、エンカイしたりするのである。ライトがエンカイすると言うのは、ライトの脚が出ることである。

 原節子、ドイツに行く

原節子は、1937年(昭和12)に映画のプロモーションツアーでドイツやアメリカをまわったとか。これは flickrでたまたま見つけた写真。"New Soil(新しき土)」の原節子がドイツ行きの支度をしている "記事です。Setsuko Hara photo reverse, 1937

The Actress Setsuko Hara, 1937

これも flickrでたまたま見つけたドイツのカード。この縁取り模様、なんだかゾワっとする…

German Cigarette Card - Setsuko Hara

あ、「新しき土」の共演者、小杉勇のカードもあった。

German Cigarette Card - Isamu Kosugi

▼1937年1月、ベルリン。原節子ゲッベルス宣伝相は、ほとんど背丈変わりませんね。写真は、生誕100年・原節子を巡る神話と真実:小津映画に不満、生涯の「代表作」を求め続けて | nippon.comより

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続いて、宝塚もドイツへ

原節子がドイツへ行った翌年は、クリスタル・ナハトの年(昭和13年・1938)。昭和13年は、宝塚もドイツで公演しています。若くて美しい人たちが「盟邦ドイツ」へ旅立っていく時代…。宝塚海外公演の記事はこちらをご覧ください。

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木炭車いろいろ

うろ覚え木炭車

戦中戦後の文章に、しばしば出てくる木炭車。私の叔父は、小さい頃「木炭車」と言えず「モッタンシャ」と呼んでいたそうです。この絵は母が描いた、曖昧な木炭車。曖昧すぎてごめんなさい。

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1950年前後の木炭車写真

敗戦から数年頃の木炭車を集めました。もともとカラーです。(画像が暗すぎる写真は明るくしています)

1951 Tokoyo, Japan

1951 Tokoyo, Japan

1950 仙台のバス 456 - 6Aug50 - Sendai | NorbFaye | Flickr

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1950  Coal-burning Car 右奥にうつっているのは、焼けた歌舞伎座です (歌舞伎座の再建は1951)

Coal-burning Car | Tokyo, 1950 photograph by my father. | Tom Smith | Flickr

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Charcoal Burning Auto in Kobe, Japan, March 1952 神戸

Charcoal Burning Auto in Kobe, Japan, March 1952

Jun49 - Yokahama 1949横浜 177 - Jun49 - Yokahama | NorbFaye | Flickr

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拡大したところ。ズラリ。

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そうそうたる人たちの木炭車

小沢昭一永六輔の「色の道 商売往来」の対談で、木炭車のエピソードが出ていました。銀座にあった超豪華なお風呂「東京温泉」についての対談です。はぶりの良さそうなシーンでも木炭車なのだなあ。

昭和24年に「東京温泉」ができて、わたしのところは翌25年です(略)わたしは上海に長くいたんです。引揚げてきまして…。上海でトルコ風呂を知っていたんです。こっちの部屋では阿片をすわせて非常に繁盛していて、なにも材料がいらない。売ったり、買ったり、仕入れたりということは必要ないしね。これは東京でできると思いましてね。ちょうどわたしが引揚げてきたのが22年。考えているうちに、24年に「東京温泉」ができた。(略)

 

根本的に違うところは「東京温泉」は大資本ではじめたわけです。前の警視総監だとか、消防総監だとか、そうそうたる人がたくさん来る。当時、木炭自動車がズラっととまるような勢いですよ。

▼木炭車がズラリと止まった「東京温泉」については、こちらに詳しく書きました。

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