終戦から10年

休憩所としての日本

1950年代前半(朝鮮戦争の時期)に、日本を撮影した鮮明なカラー写真が、多数ネットにあがっています。しかし1950年代後半になると、そのような写真はほとんと見当たりません。一体、どのような経緯で撮影されたものでしょうか。以下、関連写真をご紹介しま…

徳田ビル(パールハウス)

占領下の日本で撮影された写真を集めています。これは銀座の徳田ビル(パールハウス)。手前は、泰明小学校。 徳田ビル(flickrより) 私はこういうお洒落なビルを見ると「夏暑くて、冬寒そうだな」と、なんだか心配になってしまいます…。対外宣伝誌『NIPPON…

「銀座二十四帖」をカラーで置き換えてみる

モノクロの「銀座二十四帖」(1955昭和30・川島雄三)を、カラーで置き換える遊びをしてみました。(1950年代初頭の時代背景は「朝鮮戦争と聖路加病院」に書きましたのでご覧ください↓) narasige.hatenablog.com 「銀座二十四帖」の公開は、終戦からちょう…

東京温泉、日本の黒い霧など

お洒落な銀座の歴史紹介には、まず出てこない施設「東京温泉」。場所は銀座6丁目。GINZA SIX(旧・松坂屋)の裏手あたりです。 松本清張「日本の黒い霧」の「ラストヴォロフ事件」に「東京温泉」が登場するので引用しますね。昭和29年(1954)、ソ連元代表部…

お金持ちと、多摩川

私は学生時代の数年間、稲田堤〜登戸エリアの駅を利用していました。しかしどの駅も完全に通過地点。10代の女子の夢を何ひとつ満たしてくれない場所だったのです。 しかし、獅子文六の小説を読んでいたら稲田堤・稲田登戸エリアが"金持ちの別荘地から見える…

羽田空港と、角砂糖のような建物

獅子文六の「胡椒息子」(昭和12年8月〜13年9月「主婦の友」連載)に、富豪の家庭の少年少女が羽田空港に遊びに行くシーンがあります。羽田空港で「エア・タクシー」に乗り、「東京の空の散歩」をするつもりなのです。(話の展開上、「エア・タクシー」には…

城戸崎愛さんと、松本清張と。

戦火とドーナツと愛 (be文庫) 作者:由井 りょう子,城戸崎 愛 発売日: 2004/06/18 メディア: 文庫 戦時中に女学生だった城戸崎愛さんの自伝です。野中モモさんの記事で知り、早速、購入しました。最近の私は松本清張脳になっているのでw、「戦火とドーナツと…

自動演奏・ウエストワールド

東京都中央区が出している「中央区の女性史」。中央区の年配女性(立場が色々!)の聞き取りで内容が濃いです!私も中央区出身の人間。少しずつ感想や情報をまとめていきたいと思います。 No.8「母から娘へ、銀座十字屋」銀座の老舗楽器店に生まれた女性の話…

舞鶴とスクラム

自由学校 (ちくま文庫) 作者:文六, 獅子 発売日: 2016/06/08 メディア: 文庫 獅子文六の小説「自由学校」に「舞鶴でスクラムを組む」という文章が出てきま す。以下、引用。 とにかく、これで、一安心… シベリアで抑留されたわが子が、舞鶴でスクラムを組ん…

有楽町・銀座の街娼

東京都中央区が出している「中央区の女性史」。中央区の年配女性(立場が色々!)の聞き取りで内容が濃いです!少しずつ感想や情報をまとめていきますね。 No.4「人生、面白くて面白くて」銀座1丁目に生まれ、宝塚の男役を経験したこともある笠置八千代さん…

多摩聖蹟記念館

多摩聖蹟記念館で行われていた「関根要太郎展」に行ってきた。 関根要太郎・・・どういう方か知らなかったけれど チラシを見て、あ!「京王閣」も手がけた人なんだ!と興味が出てきた。 「京王閣」って、競輪場のイメージがあるけど、実は違うんです。 「関…

進駐軍・ダンスホール・「GINZA SIX」など

敗戦間もないころ、銀座松坂屋の地下が焼け残り、連合軍のためのダンスホールが誕生しました。 高見順の「敗戦日記」より引用します。 11月14日 松坂屋の横にOasis of Ginzaと書いた派手な大看板が出ている。下に R.A.A.とある。Recreation and Amusement As…

お墓と、獅子文六「青春怪談」

獅子文六の「 青春怪談」がちくま文庫から復刊されました。山崎まどかさんの熱い解説が「ちくまweb」で読めます。この解説を読めば、青春怪談を買いたくなること間違いなし! 山崎まどかさんは「 青春怪談」の胸がキュンとなるロケーションとして、向島百花…

向島の大倉別邸・その後

高見順「敗戦日誌」には、敗戦の年(昭和20年)10月1日の日記に、向島の大倉別邸(wiki)が、進駐軍の慰安所になったという記載があります。 十月一日三木清が獄死した。殺されたのだ!墨堤の大倉別邸が進駐軍の慰安所になる。一度暇を見て向島の移り変わりを…

カラー写真

以前、終戦間もない頃の日本をうつしたカラー写真をネット上で大量に収集していた時期がありました。進駐軍が撮影した、異様なまでに鮮明なカラー写真の数々です。(Flickrに「僕のグランパがジャパンに駐留していたころ。1945〜1950。」みたいなくくりの写…

厚木キャンプと、サイパン育ちの少年と、美しすぎる母と

久生十蘭の「母子像」(1954・昭和29)は、朝鮮戦争の時代、純粋な中学生が、なぜかポン引きまがいのことを繰り返すというお話。彼は真面目な子なのに「進駐軍、厚木キャンプ」から米兵をタクシーにのせては都心の歓楽街に送り出すのです。青空文庫で読めま…

基地とかパレフランスとか

Lilmagのモモさんのツイートで知ったロイヤルホスト創業者の「私の履歴書」一気に読んでしまいました。 福岡の米軍基地PX、小佐野賢治、もく星号墜落、1973年原宿パレフランスの「カルダンロイヤル」(←シャンデリア喫茶店)など、いろんな意味で気になるキ…

オバケダイガクさんの「福岡バナシ2」

昭和20年代のカラー写真を見る夕べでご紹介した福岡空港(板付空港)の写真に反応して、ブログを書いてくださった北野留美さん(人気zine「オバケダイガク」の作者)。 今回も、空港付近の歓楽街の存在について興味深いブログを書いていらっしゃいます! 今…

ナオミのその後を想像する

*1 1924年(大正13年)に「痴人の愛」が発表されてから20年後、日本は敗戦→焼け野原になります。 (20年といえば、「ツインピークス」がちょうど20年くらい前ですね。) 「大正時代」と「敗戦後の日本」って、今のワタシらからみると、まったく別の時代に見…

「第2回 昭和20年代のカラー写真を見る夕べ」終了しました その2

昭和20年代のカラー写真を見る夕べで、↑福岡空港(板付空港)の写真*1を1枚用意していきました。すると来場された北野留美さん(人気zine「オバケダイガク」の作者)からメールを頂戴したので、許可をいただいて転載します。 板付空港付近出身のおばあさま…

「第2回 昭和20年代のカラー写真を見る夕べ」終了しました その1

10月5日(金)「第2回 昭和20年代のカラー写真を見る夕べ」をやりました。戦勝国のヒトたちが撮影したものなので、基本、基地周辺の写真です。 当日、私は風邪で全然声が出なかったため、会場の皆様に写真へのコメント&ツッコミをすっかりお任せしまいまし…

【予告】第2回 昭和20年代のカラー写真を見る夕べ

■昨年の8月に、敗戦間もない頃のカラー写真を見る夕べというのをしました。日本が焼け野原から復興しようとしている時代、鮮明すぎるカラー写真をどっさり撮った (戦勝国の )ヒトたちがいました。そんな写真のスライドショーを、眺めてみましょう…という会…

おなじ名前

*1 基地の街のお年寄りから聞いた話。 その街には、丸の内の高級ホテルと同じ名前のホテルがありますが、その由来など。 基地のそばにダンスホールを作った人がいた。その人はダンスホールのすぐ隣にホテルをたてて大成功した。ダンスのあとは、ホテルにいく…

エフェクト

*1 □芸人マキタスポーツが、ポッドキャスト*2で、「今のミュージシャンは“ランド”を作らないで等身大の暮しを歌う」と言っていたのが、すごく記憶に残っています。 今のミュージシャンが“ランド”を作らないというのは、「元春ランド」(東京の風景を切り取っ…

踊る若人

「マルホランド・ドライブ」のダンスシーンみたいなカラー写真。(60年前) 脳天気に遊んでいるように見える若い男女ですが、これは敗戦から数年後の基地の街の光景。男性は戦場(朝鮮戦争1950〜1953)に行く恐怖を忘れるために踊っている可能性も…(関連話…

ターバンのお洒落 帝国ホテル

敗戦直後、こういうターバンを巻くのってシラミを散らせないようにする為というケースもあったようです。*1有楽町・数寄屋橋のパン○ン達が、髪をつかんでのキャットファイトになった場合、髪つかまれないようにターバンを巻いて戦いにのぞんだとか。(喧嘩に…

テレビ台風

心の中で、テレビ台(AVラック?)と名付けている建物があります。ひらたくて横に長いような・・・。 ■たとえば現在のホテル西洋銀座の場所にあった、テアトル東京(1955〜1981)。 ■SFじみた八王子駅(1953年頃)【拡大画像】。 別の角度からはこちら ■JR鉄…

グランパと、Mileage Sign

私はあまり英語が読めないので、flickrなどで敗戦後の写真を検索するときは「grandpa」「AB(エアベース)」というタグを手がかりにしてます。 「grandpa」「AB」で追っていくと、日本人が撮影しないタイプの日本の光景(主に米軍基地周辺)に、どかんと行き…

豪華な遊園地が競輪場に変身するケース

戦前に出来た2つの遊園地が、敗戦後、競輪場になりました。 1つは、調布の「京王閣」。そして、もう1つは東京と横浜の中間にあった「花月園」。いずれも豪華な遊園地でしたが、敗戦後間も無く競輪場になったのです。 まず1つ目の京王閣について。建物の様…

「古き良き」でコーティング

■近所のT市では、不動産屋のお年寄りの英語の発音が、すごくアメリカ風なのだそうです。(なぜ不動産屋のお年寄りが英語を話せるのかという経緯は、こちらをご覧ください。) 敗戦後、基地に依存した大歓楽街として発展したT市。 先日、初老のバイリンガル男…