佐藤いぬこのブログ

戦争まわりのアレコレを見やすく紹介

終戦から10年

焼きそばパーマの時代

戦争が終わると、すぐパーマ 敗戦間もない頃って、意外にパーマが爆発してるんですよ。獅子文六の昭和22年の短編『無頼の英霊』にも、田舎の娘たちが戦争が終わったとたんパーマをかけて「焼ソバのような総縮髪」になる話が出てきます。 1年もたたないうちに…

ファミリーマート「おかあさん食堂」みたいな割烹着(かっぽう着)を探してみました

ファミリーマートの「おかあさん食堂」っぽい割烹着(かっぽう着)姿を探してみた結果… 真っ白い割烹着、かっちりしたパーマ、マジメそうな着物……。ファミリーマートの「おかあさん食堂」は、古きよき昭和(と思われてる)イメージが盛り込まれています。(…

街に牛がいる時代(1950年代)

道路にいる「家畜」が、ヘッドライドを浴びる?! 来年は、丑年。かつての日本は、「街の中」に牛や馬がいました。にわかには信じられないかもしれませんが、本当なんです。その様子がわかる文章がこちら。 向こうからの車も、こっちの車も、強烈な前照灯(※…

真っ赤な女の子達

全身、真っ赤な服の女の子たち 今日紹介するのは、1950年代前半の女の子たちです。敗戦から数年経過した頃ですが、意外なほど服が真っ赤。 ▽なぜ、1950年代のカラー写真が多数存在するかについては、こちらを。 narasige.hatenablog.com ▽「赤い色をポイント…

ちょっぴり写っている分離派

先日、パナソニック汐留美術館 「分離派建築会100年展」に行ってきました。旧朝日新聞社屋、京王閣、聖蹟記念館など、気になっていた建物がいっぱい!私は、1950年代のカラー写真をネットで集めているのですが、ときどき、旧朝日新聞社屋が少しだけ写り込ん…

暖房があることをアピールする時代

Tea Room, Tokyo 15 Oct 57 | Japan, 1953-55 Yokohama Engineer… | Flickr 銀座のおしゃれなティールーム、純喫茶・白馬車(昭和28-30頃/1953-1955)。戦前のビルを白く覆ったのだと思われますが、当時はエルメス銀座店くらい輝いていたのではないでしょう…

休憩所としての日本

戦場の看板「R&R」 1950年代前半(朝鮮戦争の時期)、日本を撮影したカラー写真が多数ネットにあがっています。しかし1950年代も後半になると、そのような写真はほとんど見かけません。 一体、どのような経緯で撮影されたものでしょうか。以下、関連写真をご…

徳田ビル(パールハウス)

占領下の日本で撮影された写真を集めています。これは銀座の徳田ビル(パールハウス)。手前は、泰明小学校。 徳田ビル(flickrより) 私はこういうお洒落なビルを見ると「夏暑くて、冬寒そうだな」と、なんだか心配になってしまいます…。対外宣伝誌『NIPPON…

「銀座二十四帖」をカラーで置き換えてみる

モノクロの「銀座二十四帖」(1955昭和30・川島雄三)を、カラーで置き換える遊びをしてみました。(「なぜ、この時代にカラー写真が沢山あるのか?」については「朝鮮戦争と聖路加病院」をご覧ください) narasige.hatenablog.com 肥桶の匂いからはじまる「…

東京温泉、日本の黒い霧など

松本清張「日本の黒い霧」に登場する"お風呂" お洒落な銀座のヒストリーには、まず出てこない施設「東京温泉」をご紹介しましょう。場所は銀座6丁目で、GINZA SIX(旧・銀座松坂屋)の裏手あたりです。下の写真でいうと、ウェディングケーキのような形を中心…

お金持ちと、多摩川

私は学生時代の数年間、稲田堤〜登戸エリアの駅を利用していました。しかしどの駅も完全に通過地点。10代の女子の夢を何ひとつ満たしてくれない場所だったのです。 しかし、獅子文六の小説を読んでいたら稲田堤・稲田登戸エリアが"金持ちの別荘地から見える…

羽田空港と、半円形のサンルーム(獅子文六「胡椒息子」)

獅子文六『胡椒息子』に登場する羽田空港と、半円形のサンルーム “ヘリコプターで東京遊覧”ってバブリーな響きがありますが、獅子文六の『胡椒息子』(昭和13)には、金持ちの子供が「エア・タクシー」に乗って「東京の空の散歩」をこころみる場面があります…

朝鮮戦争・聖路加病院・立川基地

聖路加病院を外側と内側から見る 以前、吉田豪さんがラジオで“芸能人の本を読む時は、同じ出来事を複数の本で読むと、立体的になってくる ”というようなことを言っていました。例えば、ある宗教について「勧誘する側の芸能人が書いた本」と、「その人に勧誘…

有楽町「日劇」の外観で見る昭和【戦争から「来夢来人」🎶まで】

私が幼かった頃、有楽町にとても変なビルがありました。ゴチャゴチャした外観で、側面には裸の女の人の看板もかかっていて…。(私は中央区育ちなので、どうしても目に入ってくるのです)。だから、そのビルが有楽町マリオンに建て替わったとき、正直ホッとし…

城戸崎愛さんと、松本清張と。

戦火とドーナツと愛 (be文庫) 作者:由井 りょう子,城戸崎 発売日: 2004/06/18 メディア: 文庫 戦時中に女学生だった城戸崎愛さんの自伝です。野中モモさんの素晴らしい記事で知り、早速、購入しました。最近の私は松本清張脳になっているので(笑)、少女時…

避難に慣れている人たち(「宇宙人 東京に現る」感想その2)

小津映画で不満に思っている点があります。それは、戦争の痕跡が見えづらいということ! たとえば「彼岸花」(1958年・昭和33)には、“戦争の時は大変でだったねえ”みたいなセリフが、一瞬あります。公開当時の観客は、全員が戦争体験者。だから短いセリフで…

自動演奏・ウエストワールド

東京都中央区が出している「中央区の女性史」。中央区の年配女性(立場が色々!)の聞き取りで内容が濃いです!私も中央区出身の人間。少しずつ感想や情報をまとめていきたいと思います。 No.8「母から娘へ、銀座十字屋」銀座の老舗楽器店に生まれた女性の話…

舞鶴とスクラム

自由学校 (ちくま文庫) 作者:文六, 獅子 発売日: 2016/06/08 メディア: 文庫 獅子文六の小説「自由学校」に「舞鶴でスクラムを組む」という文章が出てきま す。以下、引用。 とにかく、これで、一安心… シベリアで抑留されたわが子が、舞鶴でスクラムを組ん…

有楽町・銀座の街娼

東京都中央区が出している『中央区の女性史』。中央区の年配女性(立場が色々!)の聞き取りで内容が濃いです!少しずつ感想や情報をまとめていきますね。 今回は『中央区の女性史』より「No.4 人生、面白くて面白くて」というタイトルの笠置八千代さんのお…

多摩聖蹟記念館

多摩聖蹟記念館で行われていた「関根要太郎展」に行ってきた。 関根要太郎・・・どういう方か知らなかったけれど チラシを見て、あ!「京王閣」も手がけた人なんだ!と興味が出てきた。 「京王閣」って、競輪場のイメージがあるけど、実は違うんです。 「関…

【連合国軍隊ニ限ル】銀座のキャバレー

敗戦直後、日本人客が入れないキャバレー「オアシス オブ ギンザ(Oasis of Ginza)」が誕生しました。場所は銀座のど真ん中。今の「GINZA SIX」(元・銀座松坂屋)です。“お洒落な銀座のヒストリー”にはまず出てこない施設ですが、関連画像などをご紹介しま…

獅子文六『青春怪談』の時代

お墓で恋をはぐくむ 「青春怪談」(獅子文六) 獅子文六の『青春怪談』(昭和29)が、ちくま文庫から復刊されました。山崎まどかさんの熱い愛にあふれた解説が「ちくまweb」で読めます。その中で山崎さんは「青春怪談」の「胸がキュンなるようなロケーション…

向島の大倉別邸・その後

高見順「敗戦日誌」には、敗戦の年(昭和20年)10月1日の日記に、向島の大倉別邸(wiki)が、進駐軍の慰安所になったという記載があります。 十月一日三木清が獄死した。殺されたのだ!墨堤の大倉別邸が進駐軍の慰安所になる。一度暇を見て向島の移り変わりを…

カラー写真

以前、終戦間もない頃の日本をうつしたカラー写真をネット上で大量に収集していた時期がありました。進駐軍が撮影した、異様なまでに鮮明なカラー写真の数々です。(Flickrに「僕のグランパがジャパンに駐留していたころ。1945〜1950。」みたいなくくりの写…

厚木キャンプと、サイパン育ちの少年と、美しすぎる母と

優等生がポン引きに 久生十蘭の「母子像」(1954・昭和29)は、朝鮮戦争時の厚木基地が舞台。純真な中学生が、なぜか米兵相手にポン引きを繰り返すのです。 少年はサイパン出身の孤児、少年の母(行き別れ)は、サイパンの「南洋興発会社」に勤務していまし…

基地とかパレフランスとか

Lilmagのモモさんのツイートで知ったロイヤルホスト創業者の「私の履歴書」一気に読んでしまいました。 福岡の米軍基地PX、小佐野賢治、もく星号墜落、1973年原宿パレフランスの「カルダンロイヤル」(←シャンデリア喫茶店)など、いろんな意味で気になるキ…

オバケダイガクさんの「福岡バナシ2」

昭和20年代のカラー写真を見る夕べでご紹介した福岡空港(板付空港)の写真に反応して、ブログを書いてくださった北野留美さん(人気zine「オバケダイガク」の作者)。 今回も、空港付近の歓楽街の存在について興味深いブログを書いていらっしゃいます! 今…

ナオミのその後を想像する

*1 1924年(大正13年)に「痴人の愛」が発表されてから20年後、日本は敗戦→焼け野原になります。 (20年といえば、「ツインピークス」がちょうど20年くらい前ですね。) 「大正時代」と「敗戦後の日本」って、今のワタシらからみると、まったく別の時代に見…

「第2回 昭和20年代のカラー写真を見る夕べ」終了しました その2

昭和20年代のカラー写真を見る夕べで、↑福岡空港(板付空港)の写真*1を1枚用意していきました。すると来場された北野留美さん(人気zine「オバケダイガク」の作者)からメールを頂戴したので、許可をいただいて転載します。 板付空港付近出身のおばあさま…

「第2回 昭和20年代のカラー写真を見る夕べ」終了しました その1

10月5日(金)「第2回 昭和20年代のカラー写真を見る夕べ」をやりました。戦勝国のヒトたちが撮影したものなので、基本、基地周辺の写真です。 当日、私は風邪で全然声が出なかったため、会場の皆様に写真へのコメント&ツッコミをすっかりお任せしまいまし…

h3 { color: #FFFFFF; background: #000000; padding: 0.5em; } h4 { border-bottom: dashed 2px #000000; } h5 { border-bottom: double 5px #000000; }