愉快な旅行の舞台裏【帝国と観光「満洲」ツーリズムの近代  高媛】

 

能天気!人気マンガ家の満州旅行

 私は戦前の漫画が好きで集めています。

たとえばこれは人気マンガ家たち(宮尾しげを・池部 鈞など)が描いた満洲旅行記『漫画の満洲』(昭和2年/1927)*1

まるで《天国よいとこ一度はおいで 酒はうまいし、ねえちゃんはきれいだ》(昭和のヒット曲「帰って来たヨッパライ」)のようなメッセージを発している本なのです。

▽『漫画の満洲』から、宴席にはべる女性の頬を、おモチみたいだ…と、つついている男の図。迷惑そうな女性の表情は、どことなく『江古田ちゃん』に似ています。画:宮尾しげを

誰やらが頬っぺたをつついてみて、羽二重餅のように柔らかだという。ちょっと恐る恐るつついてみたら、成程柔かいフワフワだ。ちょっと皆さんにも突つかせたい。

『漫画の満洲』(昭和2年/1927)

▽同じく『漫画の満洲』より、展望車から「支那人」にハンカチをふっているところ。画:池部 鈞(俳優・池部良のお父さん)

我々は車上からハンケチを振って、沿線の支那人に挨拶をする、彼らも嬉々として応答する。彼らは愉快な愛嬌のある国民である

『漫画の満洲』(昭和2年/1927)

▽『漫画の満洲』より大連。「東洋の極楽園」。赤枠内には、この旅行に招待してくれた「満鉄」への褒め言葉が並んでいる。画:池部 鈞

満洲はいいところだ、大連は奇麗な町さ。(略)満洲というドエライ豊かな国の玄関口

『漫画の満洲』(昭和2年/1927)

楽しい旅行の舞台裏:『帝国と観光「満洲」ツーリズムの近代』 

 このように楽しい『漫画の満洲』(昭和2年/1927)ですが、眺めているうちに疑問がわいてきます。

この本に描かれているマンガは、こんなに無邪気でいいのだろうか?

美女の頬をつついたり、「支那人」は「愛嬌のある国民」だと喜んだりしているけれども、大丈夫?

 だって『漫画の満洲』が出たわずか4年後には、満洲事変(1931)ですよ。それなのに、この能天気ぶりは一体、どうしたことだろう?

……と、モヤモヤしていました。

そんな時に出会ったのが『帝国と観光「満洲」ツーリズムの近代』 (高媛著 岩波書店)です。この本を読んで、満洲観光の裏には強力な仕掛け人(満鉄など)が存在していたことを知りました。

 ご存知の通り、満洲はいろいろな意味でピリついた場所ですが、観光の仕掛け人たちは、あの手この手でステキな満洲を演出していたのですねえ。
▽イメチェンする満洲「荒涼たる未開の地」から「心に響く文化的な風景」へ

著名人のパワーで、「憧れ」を醸成

 『帝国と観光』は、「満鉄」が有名な文化人(夏目漱石与謝野晶子など)の力を借りて、満洲への「憧れ」を作り出していく過程が特に興味深かったです。

 「匪賊」が出没する満洲を、有名人のパワー(「名士招待」)で強引にイメージアップしていたとは。

つい《東京湾岸の荒涼とした埋立地に立つマンションを、天下のリチャード・ギアを使って宣伝した事例》*2を連想してしまいます。

 そして、今回紹介した旅行記『漫画の満洲』も、満鉄が手がけた「名士招待」の一例にすぎなかったようです。YouTubeにたとえるなら【プロモーションを含みます】の表示が出るような感じ?

だとすると『漫画の満洲』が能天気なのも、うなずける。満鉄に招待された人気マンガ家たちは、たとえ満洲の“暗部”に気づいたとしてもそこには触れず、あえて愉快なエッセンスだけを描いてみせたのかもしれません。

▽『漫画の満洲』より、「満鉄」社長の図。人気マンガ家たちを満洲に呼び寄せた張本人です。画:宮尾しげを

満鉄の本社へ参じて社長の安広伴一郎氏に敬意を表する。伴さん、いいご機嫌とみえて鼻の穴をぴくつかせる

『漫画の満洲』(昭和2年/1927)

▽追記:なんと、Twitterで著者の高媛先生からコメントをいただきました!ありがとうございます。


 以上、戦前の旅行記『漫画の満洲』と、『帝国と観光「満洲」ツーリズムの近代 』(2025)を紹介しました。その後、敗戦とともに満洲は地獄と化すわけですが、その件はまたいずれ。

【参考】満洲引揚接待係」サザエさんと、危険を避けて男装している母親(『サザエさん第1巻』)

きけんだったので だんそうしてきました

▽漂白された満洲・朝鮮の地図を集めました。ぜひご覧ください。

narasige.hatenablog.com

*1:『漫画の満洲』の前書きには「満洲は日本にとって物資の宝庫であるから、日支両国の共存共栄のために、将来ますます開発に力めなければならない。したがって、満洲の人情風俗を知悉することは、両国民の親善を増す所以であるから、和気藹々たる八笑人の率直無邪気な報道は、蓋し家的有意義なんて少々大げさだが、確かに有益なことであろう」とありました。「八笑人」とは、この満洲旅行に参加した8人のマンガ家を指しています

*2:『マンションポエム東京論』(大山顕2025)「 リチャード・ギアを起用した「ザ・トーキョー・タワーズ」(2008年築)も埋立地の勝どきに建っている(略)そのマンションポエムは「アイラブ・ニュー・トーキョー」だ。「ニューヨーカーがニューヨークを愛するように、東京を愛してるって照れずに言えたら、東京は変わりはじめる。きっと。」というもの。吹きっさらしの空き地を目の前に、こともあろうにニューヨークを目標に据えて「東京は変わり始める」と謳った。その意気や良し」…私自身、まさに「埋立地の勝どき」で育ったので、リチャード・ギアの起用に無理があったことは、よくわかります笑

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