佐藤いぬこのブログ

戦争まわりのアレコレを見やすく紹介

獅子文六『断髪女中』と軍需景気

f:id:NARASIGE:20211011075055p:plain獅子文六の短編『断髪女中』(昭和13)は、日中戦争がはじまった時期の女中不足がテーマ。「 今度の事変が始まって、直接間接の軍需景気が、一度にドッと女中適齢期の女子を工場に吸引」したから、さあ大変!がんばらないと女中さんを見つけられなくなってしまったのです。(山崎まどかさんセレクトのちくま文庫『断髪女中』は、『団体旅行』『胡瓜夫人伝』などアフター事変の傑作がズラリ!)

ちょうどこの時代をイメージするのにぴったりな漫画がありましたので、今日はそれをご紹介しましょう。

『断髪女中』と、 職業戦線の好景気

『断髪女中』と同じく昭和13年の雑誌記事「 職業戦線に好景気が来た 職を求める人への注意」に出ていた漫画を貼りますね。書いているのは「東京府職業紹介所長」です。

昭和12年7月の支那事変勃発以降、工業界の方が収入が良いということで人々が工場に殺到してるけど、女中や商店が人手不足になっているじゃないか。みんな冷静になろうよ!”という内容。

軍需産業に殺到する人々の図。 漫画が可愛くてユーモラスなのは、まだ戦争が序盤だから…。(戦争末期は、とても味気ない誌面になりがち!)

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講談社「キング」昭和13年3月

▽軍需工業方面の求人が多いため、「失業救済事業が、逆に失業してしまっている」状態。

昭和9年の後半頃あたりから軍需工業方面の求人がそろそろ多くなり、10年、11年、12年とうなぎ登りに盛んになって、今や就職戦線は好景気に達したと言っても過言ではない。ことに昨年7月、支那事変が勃発して以来は、全国的に人間の需要が殖え、十数年以来に無い好景気を現出している。 

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講談社「キング」昭和13年3月

女中志望者の減少→女中の利点を強調する職業紹介所

上記の「 職業戦線に好景気が来た」を書いた東京府職業紹介所長は、“女性は工場勤務よりも、女中になるのがベスト”と考えていたようです。

多少賃金の割が良いと言うので、誰も彼も工場方面へ行く傾きがある。(略)最近では、女中志望者は極めて少ない。少しでも収入の多い、実利的な方面へ人の心が走るのはやむを得ないとしても、一見一番収入にならないように見える女中さんになろうとする人がなくなった事は、非常に悲しいことだと思う。

私どもの考えでは、下手な職業につくくらいならば、女中になる方が一番その人のためになると信じている。元来、婦人の職業は、大半一時的なもので、長くても4、5年も勤めれば止めて結婚生活に入らなければならぬのである。つまり結局結婚生活に入るのが目的であってみれば、一家の主婦となった場合最も参考になり、有益な職業をやっておくことがその人の幸福なのではあるまいか。 この意味から言って、女中と言う職業は、決して卑下すべき性質のものとは思われない。

「下手な職業につくくらいならば、女中になる方が1番その人のためになる」…このあたり、『断髪女中』のテーマとちょっと似ていますね(笑)

【参考】断髪のイメージ

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現代の私たちはショートカットと着物の組み合わせに驚かないけれど、『断髪女中』では「まア、断髪?女中のくせに?」って、おおごとになっています。ここで昭和初期、断髪に向けられていた視線をちょっとのぞいてみましょう。

反り返って歩く断髪のモガ

▽作者は池部 鈞(俳優・池部良のお父さん)。この漫画のテーマは「反り返って歩く」断髪のモガです。行間に、“もう、今時のムスメはまったく…”みたいな気配が滲み出ている。この頃は池部鈞に限らず、断髪を茶化す漫画がすごく多い。 著名人の断髪ならともかく、一般人の断髪は珍しさも手伝ってつい茶化したくなるんでしょうね。

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昭和3年「現代世相漫画」池部 鈞

夜の街の断髪

▽こちらは、前川千帆が描く“夜の街”の断髪。体格が良いのに退廃的で、ライザ・ミネリの「キャバレー」感あり。『断髪女中』の雇い主のセリフにも「これはいい。キャフェ気分横溢だ」というのがありましたっけ。

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「浮世行進曲」昭和5年前川千帆

『断髪女中』と、軍需工場の令嬢

さて、『断髪女中』(昭和13)の時代背景に話を戻します。『断髪女中』では「軍需景気が、一度にドッと女中適齢期の女子を工場に吸引」していましたが、じゃあ「吸引」した側の工場はどうなっていたのか?といえば急成長しているわけで。そのへんを描いた作品が『団体旅行』(昭和14)です。支那事変勃発とともに突然リッチになった女子(実家の貧しい工場が巨大化)が登場します!国家の非常時と、賑やかさの同居っぷりがすごく笑える。オススメです。

narasige.hatenablog.com

しかしその後戦争はドロ沼化し、笑えない時代がやってくる…。そのあたりのアレコレを冊子にまとめました。よければご覧ください。

narasige.hatenablog.com

 

 

*1:2021年8月、オリンピックの閉会式で五輪の旗を振る小池都知事https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/293173

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