映画「綴方教室」と、獅子文六の「団体旅行」
昭和13年の雑誌を見ていたら、映画「綴方教室」の作者、豊田正子が出ていました。当時17歳くらい。ふっくらと愛らしい顔立ちです。
豊田正子は「綴方教室」で有名になった人。そして、獅子文六の短編『団体旅行』(昭14)で、かなりイジられている人でもあります。
▽映画化された「綴方教室」。"少女の目線で庶民生活を描いた感動作"。主役は少女時代の高峰秀子。
「綴方」とシンデレラストーリー
『団体旅行』(ちくま文庫『断髪女中』収録)で、獅子文六は「綴方」というジャンルを「チンピラ文学」とよんで、茶化しまくっている。ヒロインの成金令嬢が綴方少女で、豊田正子の「ライヴァル」という設定なんです。(作中では豊田正子=「正田豊子」)
『団体旅行』の成金令嬢は、少女の頃とっても貧乏でした。しかし貧しさを明るく書いた「綴方」が世間の注目を浴び、プチブレイク!なんなら「綴方教室」の豊田正子くらい有名になる可能性があったのです。
ところが令嬢の父親が「支那事変の勃発と共に」軍需景気で大儲け。その結果、綴方がピタリと書けなくなってしまった。
綴方と貧乏とは、切っても切れない縁があるらしい。彼女が裏店のガキから、小市民の娘に出世して、途端に綴方が下手になったのも、蓋し無理からぬことであろう。(『団体旅行』)
「綴方」の悪口、炸裂です(笑)
リッチになると、文が書けない?!
さて、リッチになって急に文才を失った成金令嬢は、「ライヴァル正田豊子さん(=豊田正子)を見返さんと」 焦る、焦る!
貧乏時代のカンを取り戻すべく工場で働こうとしたり、行きずりの文学青年(←主人公)に文章指導を頼んだり。令嬢が「時代の寵児」となった「正田豊子さん」に嫉妬の炎を燃やしている様子が、すごく可笑しいのです。
【参考画像 】成金令嬢の父の工場は、昭和12年夏「支那事変の勃発と共に」めちゃくちゃ儲かったという設定。
天才少女と、指導者
綴方スランプの成金令嬢は、指導者をほしがります。「ライヴァル正田豊子」さんには「綴方指導の神様のような後盾」である先生がついているから成功したのだと。
「正田さんが偉くなったのは、みんな大川先生が御尽力したからなのよ。ああ、あたいも大川先生が欲しい」
とか言って、主人公である作家志望の青年にグイグイせまる。彼も「僕があなたの大川先生になりましょう」なあんて、まんざらでもない様子です。
▽これは、実際の豊田正子と大木先生(『団体旅行』大川先生のモデル)。成金令嬢が見たらキーッとなりそう。
「『綴方教室』を書いて天才少女をうたはれている豊田正子さんと、本田小学校の大木先生。先生のお宅にて。」
(後年、この2人の間にゴタゴタがあったみたいですけれども…)
▽成金令嬢は自分のことを「あたい」といいますが、豊田正子さんも一人称は「あたい」。「あたい、気取ったりお行儀よくしたりすんの嫌ひさ」と。記事の中に“『山水楼』の座談会でも、彼女は気取らなかった”みたいなエピソードが出てきますが、山水楼は帝国ホテルの脇にあり、政府の要人も使う場所*1。
「成金」+「綴方」
昭和15年頃までの獅子文六は、しょっちゅう成金階級を茶化しています。「楽天公子」のレーヨン成金、「金色青春譜」の炭鉱成金、「虹の工場」の軍需工場おぼっちゃま等。 もちろん、短編『団体旅行』でも、時局成金を盛大にからかっている。
『団体旅行』のヒロインは、①成金で、②ブレイクしそこなった綴方少女。もう、いろいろと茶化しがいのあるキャラ設定ではありませんか!『団体旅行』はお洒落度の低い作品ですがおすすめです!