獅子文六の「ス・フ」ネタ
みんな大好き獅子文六。
獅子文六がユーモア作家としてブレイクした途端に、世の中は戦争モードになりました。なので、初期の作品中に「ス・フ」=ステープル・ファイバーがたびたび登場するんです。しかも“ここが、笑うポイントですよ!”とばかりに出てくるので、例をご紹介しますね。
「ス・フ」と純綿の買い占め
『今年の春外套』(昭13『獅子文六全集集11巻』朝日新聞社)は、「ス・フ」にふりまわされる夫婦の話。なんならス・フが主役といってもいい作品です。
日中戦争がはじまり、国策で布に「ス・フ」が混用されるようになると、妻はあわてて「純綿」を買い占めます。それを見た夫は偉そうに説教をしますが、ラジオの受け売りだとすぐにバレてしまう(笑)
「お前の行為は、頗る反国家的である。国民が、悉くス・フを着る時には、お前もまたス・フを着なさい。自分だけ純綿を着ようというのは、甚だ時局の認識を欠いている。」
「まア、口真似がお上手だこと。昨夜の放送の文句と、そっくりよ。いいわ。そんなにス・フがお好きなら、あなた1人でお着になるといいわ」
当時、全国の家庭で似たようなやりとりがあったのではないでしょうか? 『今年の春外套』が書かれた昭和13年の女性誌を読むと、スフ特集がたくさん。「今のうちに純綿を買いだめよう!」という記事もあれば、「買いだめはダメ!スフの愛用こそ愛国精神の発露だッ!!」みたいな記事もあって、混乱ぶりがうかがえます。
「ス・フ」ギャグ一覧
獅子文六は、そのほかの作品でも愉快な「ス・フ」ネタを連発しています。だいたい"ニセモノ・粗悪品"のニュアンス。「スフ」「ス・フ」と表記にバラつきがありますが、『獅子文六全集』(朝日新聞社)の表記のまま引いてみましょう。
- ス・フを裂くような声(「信子」昭13)
- 半処女なんて、スフ混織の浴衣よりまだ始末が悪い(「女軍」昭13)
- スフ入りの俳句(「好漢奇癖あり」昭14)
- 「どうせ、タービン的な少女なんて、日本中探したってありゃしないからね。ス・フ7割混用というところで、我慢するかな」(「東京温泉」昭14 ※タービンは、女優ディアナ・タービンのこと)
- 『綴方教室』の映画から、貧窮生活を抜いたら、オール・スフみたいなものだ(「団体旅行」昭14)
などなど。
▽「オール・スフ」の比喩が登場する傑作短編「団体旅行」についてはこちら
▽「ス・フ7割混用」の比喩が登場する『東京温泉』についてはこちら
不足する純綿と、不足する女中
直接「ス・フ」とは書いていないけれど、「ス・フ」を匂わせている作品もあります。たとえば「断髪女中」(昭和13)。女中不足の時代に、がんばって女中を探すお話です。ようやく良い娘が見つかったとき、雇い主夫婦はこんなカケアイをしています。(※該当部分を抜粋し、「妻」「夫」を加筆しました)
妻「女中がありましたよ。どう?」
夫「どこかに、ストックが残っていたんだね」
妻「バカにしてるわ、純綿の浴衣じゃあるまいし」
このやりとり、優秀な女中を(スフ入りではない)「純綿」のストックにたとえているところがミソ。当時はこの部分が、めちゃくちゃウケたことでしょう!
参考:ボロボロになるスフの例
スフの弱さを特集した昭和15年の記事をどうぞ。2、 3回着ただけで服や足袋がボロボロになる例を挙げています。
「いくら国策とはいへ、スフの脆さにはどこのご家庭でもホトホト悩まされていらつしやるでせう」
「スフの改良はできぬか」
上記のスフ記事が掲載された『ホームライフ』(大阪毎日新聞)は、もともと浮世離れしたリッチさがウリの雑誌だったけれど、昭和12年夏に日中戦争がはじまると「スフ」だの、「蛙を代用皮革に」だの、リッチと程遠い記事が増えていきます。
以上、獅子文六の「スフ」ギャグのご紹介でした。しかし「ス・フを裂くような声(『信子』」昭13)で、人々が笑えていた頃は、まだまだ日本に余裕があったのですね。ご存知のとおり、その後日本は、笑っていられない時代を迎えます。
▽ 時代の急変を冊子 にまとめました。よければご覧ください。
▽ 洋裁学校で「スフ」を縫わされたエピソードは、こちら。