佐藤いぬこのブログ

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非常時と、獅子文六『金色青春譜』

獅子文六『金色青春譜』は、贅沢と非常時のミルフィー

 昭和の人気作家・獅子文六のデビュー作金色青春譜  (昭和9年/ちくま文庫) 」は、大金持ちの未亡人と、ケチな美男のラブコメです。

 カタカナの贅沢品がどっさり出てきて楽しい!たとえば2ダースのシャンパン。ニュー・グランドのフィレ・ド・ソール。スウェーデンの皿にチェッコのグラス。ローマのトリトンを模した噴水のある庭、など…。

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 ところが『金色青春譜』には、優美な舶来品に混ざって、ちょいちょい「非常時」という言葉が出てきます。「贅沢」、「非常時」、「贅沢」、「非常時」。カタカナ贅沢品と「非常時」のミルフィーユが、『金色青春譜』なんです。

 たとえば、悪者は「目下は非常時でゴワして」とヘリクツをこねるし、セレブ未亡人のスキャンダルは「この非常時に」と非難されます。悪徳弁護士は「国家は即ち非常時ジャ」と横領を正当化し、美男の主人公が恋を避けるのも「非常時」だから、という具合…

…とまあ、「非常時」連発なわけですが、当時の雑誌を見ると、やはり「非常時」の文字が踊っているんですよ。そう、「金色青春譜」が書かれた前年(昭和8)に、日本は満洲のゴタゴタから国際連盟の脱退を通告したのです。

www.archives.go.jp

「非常時」の雑誌付録

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 こちらは「金色青春譜」の前年(昭8年5月)に出た冊子、その名も「非常時国民大会」大日本雄辯會講談社「キング」の付録です。ものものしい表紙ですが、"国際連盟を脱退するとどうなるの💦これから日本はどうなっちゃうの💦"という国民の不安をなだめる(言いくるめる?)冊子です。冒頭の文部大臣・鳩山一郎の挨拶はこんなふう。

わが国は今や内外ともに重大なる難局に当面してゐる。国際連盟との絶縁から今後の対外関係にはよほどの苦心を要するであらう。満州国の将来についても、わが国民はまだまだ多くの努力を払わなければならない。

人気漫画家を起用

「非常時国民大会」は人気マンガ家の絵がたっぷり。字を読むのが面倒くさい人にも、パッと「非常時」がわかるようになっています。こちらはキュートな版画でおなじみ、前川千帆による絵。

「愛国花園」 さすがは出征軍人の留守宅です。花園すなわち熱河であります。日の丸の国旗が万里の長城の六関に翻っています。

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▽こちらも人気マンガ家、池部 鈞(俳優・池部良のお父さん)。兵隊さんと市民が席をゆずりあっているところ。

挙国一致の礼儀 「我々の生命線を守る兵隊さん、さアここへお掛けなさい」「ハイ有難う、貴方方こそ我々の後方線を守る方です。どうかお掛け下さい」。「我々の生命線」は、満洲のことですね。

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獅子文六『金色青春譜』の非常時はいつまで続く?

 ところで、現在の私たちは昭和8年の「非常時」がいつまで続くのか、最後にどんな悲劇が待っているのか知っています。でも当時の人は、いつ「非常時」が終わるのかわからないんですよね。ちょうど2021年4月の私たちがコロナ禍の終わりを知らないように!

 同じく 金色青春譜  (ちくま文庫)に収録されている『浮世酒場』(昭10)も、テーマはやっぱり「非常時」で、書き出しはこう。

満州事変以来、国威隆々たるに連れて、日本酒党がメッキリ殖えました。

 『浮世酒場』に登場する酔客の関心の的は、ズバリ非常時!非常時に「どっちへ転んでも食いハグレは無い」商売とは何だろう?、です。

「非常時はそう早く解消しそうもない」と予測している人は、大衆の不安を麻痺させる商売、つまりアルコールと新興宗教こそベストだと考えている。

 一方、"非常時はそろそろ終わる。平和になる。"とみた軍事小説家は、いちはやく恋愛小説に転向するつもり。フットワークが軽いなあ。

ちなみに『浮世酒場』で、非常時向きの商売として"アルコールと新興宗教"を選んだ人たちのスピンオフが獅子文六『霊魂工業』(昭和11)です。ちくま文庫ロボッチイヌ 収録

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『金色青春譜』に描かれた「贅沢」と「非常時」は、つい贅沢の部分に目を奪われがち…。なので、ここは世知辛い『浮世酒場』も一緒に読むことをおすすめします!「贅沢」と「非常時」の"層"がクッキリ見えてくることでしょう。

【オマケ】うっとうしい国難を笑って一掃!

▽こちらも非常時の雑誌付録『笑ひの日本』(新潮社「日の出」昭和8)。

笑へ!大いに笑へ!今の日本に1番必要なものは、朗らかな笑ひだ。うっとうしい国難も、不景気も、健全な笑ひによってのみ、打開されるのだ、一掃されるのだ

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『笑ひの日本』では徳川夢声が、ナチス焚書をとりあげています。

諸君、ヒトラーナチスが書籍をピラミッドほどに積み上げて焼却した、と云ふ事実を何んと見るか。実に言語道断の処置と云はねばならん。(略)敢へてヒットラーに吾輩は抗議を申し込まんと欲するものである。すなわち「なぜ、焼き捨てるくらいなら屑屋に売って財源を得なかったのか」と。

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徳川夢声演説「世相を嘆じて三原山を論ず」 

で、次ページにはクズ屋に本を売ろうとしているヒットラーの漫画が。ローマ字表記の「ごまかすなよ」が昔の少女漫画っぽい!

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昭和8年8月 新潮社「日の出」付録 「笑ひの日本」

以上、獅子文六が「ユーモア作家」としてデビューした頃の時代背景でした。 そういえば、ちくま文庫「金色青春譜」に収録されている3作品のすべてに、時事ネタとしてヒットラーの名前が出てくるんですよ。ぜひ探してみてください。

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