佐藤いぬこのブログ

戦争まわりのアレコレを見やすく紹介

「団体旅行」(獅子文六)

 

 

断髪女中 ──獅子文六短篇集 モダンガール篇 (ちくま文庫)

獅子文六が描く戦時下の団体旅行

獅子文六「団体旅行」(昭和14)(断髪女中 ──獅子文六短篇集 モダンガール篇 収録)は、戦時下の団体旅行を舞台にしたコメディです。(山崎まどかさんセレクトが素晴らしい短編集「断髪女中」。中でも戦時下を描いた作品は、コロナ禍の今読み返すと新しい発見があります!)

 

主人公は、作家志望の青年。万年スランプの彼は、静かな温泉で気分転換をしたくなり、居候先の叔父に旅行をねだります。しかしこの叔父さん、日露戦争の頃に御用船の船長をつとめたようなカタブツ。青年は「この時局に、いい若い者が温泉行きとは何事であるか」と怒鳴られるのを覚悟します。ところが意外や意外、叔父さんは、団体旅行ならOK、団体旅行を通じて個人主義にカブれた根性を叩き直してこい、と強くすすめるのでした。(叔父さんは「個人主義」が大嫌いなんです。)で、青年は仕方なく、苦手な団体旅行に参加するハメに。

 一応、時局に遠慮する

 作品中の団体旅行の規模は、"昨年(昭和13年?)は伊香保行きに200人参加、今年は伊豆の温泉巡りで100名参加"となっています。けっこうな大人数ですよ!東京駅に中高年ばかり100名が集合し「一同は下駄の音も喧(かしま)しく」改札口を通過します。

しかも青年は団体旅行の「参加章」として、胸に「バラ色のリボンのたれた仰々しい花飾り」をつけられてしまう。派手すぎるじゃないか、と業者に抗議すると

「なアに、貴方、これでも時局に遠慮して、質素にしてるんですよ。ほんとは、赤手拭、黄手拭を首に捲いて貰うと遠くから目について迷子が出ないから、世話人ラクですがね。」

と、あっさり流されます。でも一応は「時局に遠慮」して、赤手拭・黄手拭を自粛しているんですね。

 

▽参考までに当時、鉄道大臣が雑誌に寄稿した文はこんな感じ。列車の大混雑に理解を呼びかけています。

国鉄の最近の列車の混雑ぶりは、鉄道省としては全く、乗客に申し訳なく思っている次第である。

何しろ事変以来車両が非常に不足している上に、時局産業の繁盛やら事変景気やらで乗客の数が、また非常に激増してきたので、今すぐ混雑緩和と、いうような方法がないのである。(昭和14年9月号「ホームライフ」大阪毎日新聞社より)

 昭和14年の段階では、まだ、思いっきり旅行しちゃうんだなあ。

 成金令嬢の苦悩

さて「団体旅行」(昭和14)では、恋も芽生える。青年は、列車で相席になった成金令嬢と仲良くなります。この令嬢はもともと貧しい家の出身。ところが、父親の鉄工場が支那事変の勃発と共に」大繁盛し、いきなりリッチになったのです。

支那事変の勃発が昭和12年夏。

『団体旅行』掲載は昭和14年夏。

なんと、たった2年で大金持ちに?!スピード成金です。

 

【参考画像 】成金令嬢の父の工場は、支那事変の勃発と共に」めちゃくちゃ儲かったという設定。

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昭和13年2月 新潮社「日の出」

実はこの令嬢、綴方教室 (岩波文庫)」豊田正子(作中では正田豊子)の「ライヴァル」という設定。令嬢は貧乏時代に、貧しさを明るく書いた文章が評判をよび、雑誌に何度も掲載された経験があるのです。

令嬢は「ライヴァル正田豊子を見返さんと」がんばるのですが、なにぶんリッチになったので、もうリアルな貧乏が書けません。前はスラスラ書けたのに、まるで「停電したように」書けない!この時の令嬢の焦りっぷりが笑いのポイント。彼女もしっかり「時局」を反映したキャラなんですね。

 獅子文六の「団体旅行」は、非常時&賑やかさがギュっと詰まった作品です。オシャレ度は低めの作品ですが(笑)、ぜひ読んでみてください!

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 参考画像 下駄と旅行

▽これは、団体旅行のイメージ画像。戦後のもので外国人が撮影した写真です(昭和25年頃)。こういう装いだと、下駄の音も大きくなりますわねえ。胸にお揃いのリボンもつけている!サンバイザーの存在を意外に思われるかもしれませんが、実はサンバイザーは戦中の写真でもけっこう見かけます。

Japan 1949-1950

中高年が、ドドドド〜っ!

Japan 1949-1950

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