お金持ちと、多摩川

私は学生時代の数年間、稲田堤〜登戸エリアの駅を利用していました。しかしどの駅も完全に通過地点。10代の女子の夢を何ひとつ満たしてくれない場所だったのです。

 

しかし、獅子文六の小説を読んでいたら稲田堤・稲田登戸エリアが"金持ちの別荘地から見える風景"として登場するのでびっくり。私の狭い記憶では0.000001ミリも別荘感はなかったのですが…

 

たとえば獅子文六の「楽天公子」(昭和11年雑誌連載)には「女猟銃家」の別荘と、稲田堤の桜が出てきます。有閑階級が、稲田堤の桜を対岸から眺めているのです。

車はいつか下高井戸を過ぎて、両側の麦畑の青い縞に、飛模様のような桃の花…エンジンの音でわからないが、雲雀もきっと啼いているにちがいない。やがて調布の少し前から、左へ曲がると、松林を廻らせた瀟洒な一劃があって、クリーム色の外壁が日に暖かいヴィラ風の洋館が見える。(略)別荘のことで、応接間というのではないが。15畳くらいの広い洋室へ通されると、ヴェランダを越して、目一杯に多摩河原が拡がり、稲田堤の端らしい桜花が、七分の綻びを見せている。

「いい景色ですなア」

「戸羽さんは景色より、こっちの方がいいンでしょう」と花子女史は女中の持ってきたウイスキーと炭酸を、眼でしめした。

 

同じく獅子文六の「自由学校」には「稲田登戸」の別荘が登場します。敗戦から5年目に書かれた小説ということもあってか、「稲田登戸」の別荘の主はアメリカ育ちの茂木夫妻。彼らは占領下の日本で"事業"をおこし、景気の良い生活をしています。茂木夫妻の車は「外国人でなければ、目下、乗れないような」長い図体の車だし、「相模ゴルフ ・コースへラクに行ける」という理由で別荘を買っている。そんな別荘に、戦前は上流階級だった女性(戦後はミシンで内職してる)が、おっかなびっくり訪問するシーンがあります。以下引用しますね。

また英文学のお話なぞ、伺わせて頂きたく、今度の日曜、友人茂木君の稲田登戸別荘へ、お誘い申し上げます。11時に茂木君の車が渋谷駅前にお迎えに出るそうで、小生も同所で、その時刻にお待ち申し上げています。

 

車が、コンクリートの長い橋を渡る時に、カンカン照りの河原に、黒豆を播いたようなハダカや、浅い水の上のボートなどが、眺められた、それらは、少しも、涼しさを感じらさせず、そして貧乏くさい光景だった。駒子は、その人々と、同じ仲間である自分を、忘れた。(略)

 

「あの山の上なんですよ、茂木の家は…」辺見が左手のコンモリとした丘を指すために、身を寄せた。(略)もと、ドイツ人が建てた家だというが、どちらかといえば、英国風のコテージで、玄関の様子もさっぱりしていた。(略)すぐ、広間に出た。二つの大きな室が、サルーンとも、食堂ともつかず、打ち抜いて使われているらしかった。そこを通り抜けて、広いテラスへ出ると。眼の下に、河と鉄橋が見え、幅の広い風が吹き抜けていった。

「まア、いい景色…」

駒子は、思わず、つぶやいた。 

 

↓稲田登戸駅(現・向ヶ丘遊園駅)については、こちらが詳しいです。

smtrc.jp

 

敗戦をはさんだ「楽天公子」と「自由学校」。いずれも別荘のウリは多摩川の光景なんですね。(また、古賀政男稲田堤へピクニックに行ったことが「丘を越えて」作曲のきっかけになったとか。かつての稲田堤は、イケている場所だったのでしょうか!!)

 

昭和4年発行のエッセイ漫画(凸凹放送局・池部釣)にも「稲田堤」を発見!なんと稲田堤が、日比谷公園や上野公園と同格で出ている〜。信じられません。

「新興花見風景」(獅子分六)では、軍需成金一家が「飛鳥山稲田堤もいいが、雑踏していけない。会社員などが泥酔して、醜態を演じるから不愉快だよ。」と、稲田堤を避けるシーンさえあります・

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「稲田堤」と同じ章に、「日比谷公園」が!

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