佐藤いぬこのブログ

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コロナ禍の5万RTツイートと、獅子文六『おばあさん』

コロナ禍のツイートと、「古き良き時代」のマジック

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2021年9月6日時点で、約5万RT・11万いいねがついているツイートです。私はこれを読んで獅子文六の戦時中の小説『おばあさん』を連想しました。深刻な状況は後世に伝わりにくいという意味で…。今日はその話をさせてください。

 

もし50年後の人が、コロナ禍のツイートを見たら

2021年9月6日の私たちには、最後の1行「元気でいて」にどれだけの想いがこめられているのか痛いほどわかります。激増する感染者数。重症でも救急車に乗れない状況。ワクチン接種に長蛇の列。自宅で急に亡くなる人々、明日は我が身と怯える日々…そんなギリギリの状況で生まれたツイートなのです。

でも、もしこのツイートが半世紀後、2070年頃の人に発見されたらどうでしょう。「ネイル」「ペット」などの楽しげな言葉から、「古き良き時代の、ほっこり応援ポエム」に見えてしまうのではないでしょうか。50年も経過すると、行間や背景がわからなくなってしまうから。

▽2021年にこのツイートを見ると、(背景を知っているから)「元気でいて」にこめられた強烈な想いが身に沁みる。

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▽2070年にこのツイートを見た場合、きっと応援ポエムに見えるはず。時代背景がフンワリ曖昧になっているから。f:id:NARASIGE:20210907125044p:plain

獅子文六『おばあさん』は「ユーモア満点な痛快小説」?

半世紀以上たつと時代背景がフワッとして、すべてが「古き良き時代」に見えてしまう現象ってありますよね。私がそれを1番強く感じるのが日米開戦後に書かれた『おばあさん (朝日文庫)』です。

文庫の裏表紙には「昭和初頭の家族をユーモア満点に描いた痛快小説」とあるけれど、実際はどうだったのか?『おばあさん』の時代背景をみていきましょう。

どんどん悪化する状況と、輝いて見える「近い過去」

『おばあさん』は、雑誌「主婦之友」に、1942年(昭和17)2月から1944年(昭和19)5月まで連載されました。そして『おばあさん』連載中の3年間にも、みるみる状況は悪くなっていきます。

▽“戦中の雑誌あるある”。たった数年で極端に薄くなる!

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もし『おばあさん』が「昭和初頭の家族をユーモア満点に描いた痛快小説」に見えるとしたら、それは時代設定を「連載時より2、3年前(日米開戦前)」にした上で、明るさに振っているからでしょう。現在に例えるなら、コロナ禍のまっ最中に、あえてコロナ前を描いたコメディを観るような感じ?

『おばあさん』のリアルタイム読者は、刻々と変化する状況に怯えながら近い過去の物語(←『おばあさん』連載時よりずっと生活がマシだった)を切なく読んでいたのではないかなぁ、と想像しています。『おばあさん』の最新話を読んでいるその瞬間にも、夫や息子は戦地で肉片になっているかもしれないのですから。

読者の不安を受け止めてくれる、年上の女性像

 “戦地の夫は(息子は)どうなるの?これから日本はどうなるの?”そんな読者の気持ちを受け止めてくれるのが、主人公のおばあさんです。キモが座っていてユーモアがあって、お嫁さんに優しい。ラジオで戦局チェックも欠かさない。もう理想のチャーミングなおばあさん。 もし私が当時の読者だったら「主婦之友」の発売日に『おばあさん』のページからむさぼり読むはず!

獅子文六は『おばあさん』の連載が終わるとすぐ、同じく「主婦之友」で“励まし上手のオバチャン”を主人公にした『一号倶楽部』*1をスタートします。そして『一号倶楽部』は敗戦まで続くのでした。

「遺児」「遺書」…死の香りが漂う誌面

実際に『おばあさん』が連載されていた時の「主婦之友」の誌面はこんな感じでした。

▽「遺族母子寮」の記事。「良人を御国に捧げた妻この母たちは、遺された子らをしっかりと守り、雄々しく生きぬこうと……」。

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主婦之友 1942年(昭和17)12月 大東亜戦争一周年記念号

▽目次。「大東亜戦争一周年を迎えて 東條英機」「軍国の母表彰式」「ほまれの子(遺児のこと)表彰式」「12月8日の感激」「勝ち抜く生活」等。「海軍潜水学校」の“岩田豊雄”は獅子文六の本名です。

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主婦之友 1942年(昭和17)12月 大東亜戦争一周年記念号

獅子文六は『おばあさん』を連載しつつ、同じ号に本名の「岩田豊雄」で海軍潜水学校もレポート。

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主婦之友 1942年(昭和17)12月 大東亜戦争一周年記念号

岩田豊雄獅子文六)の海軍潜水学校記事より。潜水艦の艦長が、最期に暗闇の中で書いた遺書。

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主婦之友 1942年(昭和17)12月 大東亜戦争一周年記念号

▽『おばあさん』にも登場する「陰膳」(出征中の留守宅でそなえるお膳)。

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主婦之友 1942年(昭和17)12月 大東亜戦争一周年記念号

“ユーモア小説”『おばあさん』の答え合わせを、『おじいさん』でする

以上、獅子文六『おばあさん』と、コロナ禍のツイートのご紹介でした。先述のとおり、現在は文庫の裏表紙にユーモア小説として紹介されている『おばあさん』ですが、本当のところはどうだったのでしょう。その答えは、敗戦後に書かれた『おじいさん』(1947・昭和22)で明らかになります。

『おばあさん』が連載されていた当時、大日本帝国では何が起きていたのか。『おじいさん』は、そのへんがシリアスに描かれています。他の獅子文六作品のように楽しく読むことはできないけれど、機会があったらぜひごらんください。(朝日新聞獅子文六全集」第4巻には、『おばあさん』『おじいさん』が一緒に収録されています)

narasige.hatenablog.com

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*1:『一号倶楽部』は、獅子文六全集では『海軍』と同じ巻にまとめられています。なぜ明るいオバチャンの物語が、『海軍』と同じくくりなのか?それは、戦争末期にオバチャンが読者を(国策に沿って)朗らかに鼓舞しているから…。以下、獅子文六全集付録月報No.3 昭和43年7月より引用します。「今となっては、それらの文章は反古となり、かつ本名で書いたのだから、今度採録すべきや否やを、疑ったが、しかし、全集というものの性質を考えると、書いたものは全部収めるのが、至当と思った。私がそういうものを書いたのは、明らかな事実であり、また、戦争中の行動を秘そうとする1部の人々の考えを、私は正しいと思わない。 ただ、今頃そんなものは読みたくないという人と、逆に考える人と、2種あるだろうから、取捨を任せるために、戦争中の文章を1巻に収めることを、出版元に依頼した。」

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