東海汽船と林芙美子

■「東京湾納涼船」の、東海汽船

創業は明治22年、はじめは「東京湾汽船」という名称で、現在の東京都中央区新川(霊岸島)の会社だったそうです。行き先は、三崎、木更津、千葉、館山、伊豆など。

以下、ちょっとレトロなネタを見つけたので、メモします♪

獅子文六の「ちんちん電車」に東海汽船らしきものが。
「昔、三崎や房州へ行くのに、東京から汽船に乗ったが、それは霊岸島というところで、港なんていうものはなかった」という文章の、“霊岸島から出た船”は、たぶん東海汽船

東京湾汽船の、マリンガール(戦前)

林芙美子サンの、昭和24年のレポート「還らぬ夫を待つ人々」には、東海汽船の月島3号地の発着所(現・中央区勝どき5丁目)のことが出ていました。

「私の腰をかけているそばに、水産試験場のコンクリートの建物があるし、大島通いの船の発着所の倉庫のような木造建ての波止場が出来ている。波止場の対岸は、こんもりとしたお浜離宮で、緑の浮島の感じに見えた」

で、そんな60年も前の“木造発着場の平成の姿”、をアップしている人がいる〜。このサイトの方は、林芙美子サンがレポートしているのとほぼ同じ頃、ここでハゼ釣り少年をしていたそうなので、たぶん間違いないかと。