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不安とキモノ  その1

■10年ほど前、着物のサイトを作っていた私ですが、いつの間にかブログが敗戦直後カテゴリーだらけになっています。


「キモノのしきたり」に、すごく疑問を持っていたら、自然と敗戦直後が気になるようになってしまったんですよー。不思議ですね!


■さて〜「きもののすべて」(昭和40年)という本に、敗戦&着物文化の途切れっぷりが出ていたのでご紹介します。著者は当時「美しいキモノ」のレギュラー執筆者。


前書きには、敗戦前後10年間のブランクで着物の知識を失ってしまった昭和40年の人々が着物にすごく不安を抱いている様子が書かれています。以下引用。

ようやく、きものが私たちの生活のなかによみがえってきた。考えてみると、昭和18年から昭和26年の間、約10年間のブランクは、私たちからきものの知識をはぎとってしまったのであるから、大きな空白期間であるといえる。


ましてや、きものには500年以上の歴史と伝統があるにもかかわらず、時代考証もまたこの間の流れも、そして約束事なども、まったく書物としては皆無に等しい。いま残されている事柄は、そのほとんどが先祖からの言い伝えであり、またその人々も自分なりの判断の上にたっての説明でしかないのである。


そのように難問の多いきものの約束事が、言い伝える人がなくなったとすれば、きものの生活がよみがえった今日、一般の人々が、装い方についてつねに不安を抱くのは当然であろう。


以前なら、母親がよきアドバイザーであり、呉服屋さんがよきコンサルタントであったのだが、現代の母親は、この空白期に成人の時代を迎えているため、教えられるチャンスがなかったであろうし、現代の呉服屋さんは、生活権を守るために、本格的な問題を取り組む暇もないであろう。


ましてや店員にしては新しい労働事情などで、丁稚制度がないため、みずから勉強をしようとしない限りはむりであることは当然であって、だれもせめるわけにはいかないのである。


(「ミセスの第一礼装黒留め袖」の図。この本に掲載されている写真はすべて爪先が外向きです。)


ちなみに、「空白期に成人の時代を迎えている現代の母親」を昭和20年に20才だとすると、現在彼女らは85歳くらい。その娘達は、今60歳代でしょうか。


■“戦争による大混乱で母から子へ伝わるはずの文化が思いっきり途切れた”というのは、「きょうの料理」の誕生秘話にも書かれていました。途切れたからこそ、「きょうの料理」の放送がスタートしたのだそうです。


まあ、料理は食べなくてはしょうがないので、途切れてもすぐに復活できそうですが、着物はねえ、着なくてもすむから、・・・・・・・途切れちゃいますよね。