昭和遺産を愛でる時に

 このところ「昭和」が、観光資源になっていますよね。現代にはない夢やエネルギーを感じる人が多いのかもしれません。

【例】熱海の「ホテルニューアカオ」

1967年の自動車広告に驚く

 ところで先日、昭和の“デラックス”な広告を見てギョッとしてしまいました。1967年(昭和42)の雑誌に出ていた三菱自動車の広告が、こんなコピーだったのです。

野良犬のように食糧をあさる浮浪児の群れに絶望した人々の何人が、今日の立ちならぶ高層建築群、洪水のように路にあふれる自動車を想像できたであろうか。(毎日新聞社『毎日グラフ 太平洋戦争名画集』掲載)

1967年(昭和42)といえば、敗戦から約20年。人々の脳内には「食糧をあさる浮浪児の群れ」が鮮明にあったのでしょう。日本は奇跡の復興をとげたけれど、なにしろ敗戦はたった20年前なのですから。

毎日新聞社1967年『毎日グラフ 臨時増刊 太平洋戦争名画集』

三菱自動車は、上記の雑誌『毎日グラフ 太平洋戦争名画集』のスポンサー*1だったらしく、広告がどっさり載っていました。つまりこのピカピカのショールーム「食料をあさる浮浪児の群れ」という文がついていたのです。

毎日新聞社1967年『毎日グラフ 臨時増刊 太平洋戦争名画集』

▽同じく三菱自動車の広告より。「デラックスなムードのサロン」でくつろぎつつ、車を選ぶ人々。しかし彼らの脳内には「浮浪児の群れ」が?!

毎日新聞社1967年『毎日グラフ 臨時増刊 太平洋戦争名画集』

▽同じく三菱自動車の広告より。楽しそうな若者たちだけど、彼は敗戦の混乱期に生まれている。

毎日新聞社1967年『毎日グラフ 臨時増刊 太平洋戦争名画集』

敗戦と浮浪児

 しかし現代の私たちにとって《自動車のキラキラした広告》と《浮浪児の群れ》を結びつけるのは、とてもムズかしい。というわけで画像をあげてみます。

▽たとえばこれは敗戦の翌年(1946)のポスター。戦争の孤児に温かい家庭を!と呼びかけています。中央には、遺骨を首からさげた少年が描かれている。絵本っぽいタッチだけれど、実際はもっと悲惨だったはず。 昭和館デジタルアーカイブ

▽捕まえられた浮浪児(1947/昭和22)。「孤児院には行きたくない。東京の警察がさまざまな悪事を働く浮浪児を一斉に捕まえた」。米国国立公文書館の収蔵写真ですが、「さまざまな悪事を働く」って。浮浪児もやりたくて「悪事」をしているわけではないでしょうに。https://search.showakan.go.jp/search/photo/detail.php?id=90017224

「出演者はすべて浮浪児」がキャッチフレーズの映画『蜂の巣の子供たち』(1948/昭和23)。なんという惹句だ。*2

▽浮浪児にパンをあげるサザエさん。浮浪児かと思ったら実はそばに親がいた!というオチで、ギリギリの笑いをさそっています。正確な掲載日がわかりませんが、すぐ前には帝銀事件(1948)のネタがありました。

引用元:『サザエさん』(朝日新聞社)2巻114頁

【参考】三菱自動車の広告には「食糧をあさる浮浪児の群れ」とヒトゴト風に書いてあったけれど、大人だって食糧を手にいれるために必死だったわけで。敗戦後の「買い出し列車」は屋根までびっしりと乗っています。(引用元:朝日新聞フォトアーカイブ

 以上、キラキラした昭和にひそむ「浮浪児」の記憶を紹介しました。

私は昭和の豪華すぎる建物を見ると、《豊かさのコスプレ》を感じることがあります。飢えの反動からくるゴージャスというか*3

これからは昭和遺産を見る時、心の中で(昭和アナウンサーの声で)「食糧をあさる浮浪児の群れに絶望した人々の何人が、今日の繁栄を想像できたであろうか…?」とつぶやいてみたい。

▽日本の場合、浮浪児の写真はモノクロ。しかし、韓国では朝鮮戦争時(1950-1953)の浮浪児がカラーで生々しく撮影されています。こちらもあわせてごらんください。

narasige.hatenablog.com

*1:参考:戦時中の三菱重工業https://x.com/inukosato/status/1914260589016436943

*2:「サトウのサトちゃん」で知られる土方重巳が手がけたポスターです。『土方重巳 造形の世界』(造形社・1978)には白黒写真しかなかったので、終了済みのオークションサイトから画像を拝借しました

*3:飢えの反動からくるゴージャスといえば、川島雄三の映画『しとやかな獣』(1962)。とりつかれたように散財している一家が主人公で、お父さんはキャビアを冷蔵庫にストックしている。でも彼がうっかり戦時中の飢餓を思い出して「あんなのは人間の暮らしじゃない、ドロ水をすすって…あんなのは人間の暮らしじゃない」みたいなことを言うと、浮かれた一家がシーンとなるのです。

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