ずうっと、豊か

60〜70年代のかっこいい資生堂CFを手がけたディレクター杉山登志*1の遺書に

リッチでないのに リッチな世界などわかりません
ハッピーでないのに ハッピーな世界などえがけません
夢がないのに 夢をうることなどは……とても
嘘をついてもばれるものです

というのがありましたけど〜、
↓これはアメリカの1952年(昭和27年)の写真です。日本で言うと空襲やら原爆から7年目であり「ALWAYS3丁目の夕日」のさらに5年前くらい。
それなのに、この鮮明な写真は一体。。。。そのまま清涼飲料水のCMに使えそうなきらめき。


………で、ガーンとくるのは、この1952年の写真じゃなくって、
同じ家族のアルバムの1960年代、1970年代の写真に、全然「高揚」がないということ。
1950年代も1970年代も、ずうっと同じテンションでひたすら淡々と写真が続いている。

日本の場合だと、敗戦のドン底から立ち直っただけに、どこのご家庭でも多少の差はあれアルバムに高度経済成長の「高揚」「狂乱」みたいなのがうつってたりするわけじゃないですか。それが、この人達のアルバムには(少なくともこの家族に関しては、)感じられない。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

日本の60年代、70年代の映画/雑誌からは、(今の雑誌からも、ですけど)
「ね?日本“も” ずうっと豊かだったよね? 豊かだったよね?」という叫びが、ちょいと聞こえる

70年代のCF。原っぱに金髪の子供、横文字の読書。

*1:終戦の時に9才くらい。ウッディアレンと同じ世代

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