エロスと、ぐんこく


美少女(松竹少女歌劇)の軍国的訓練。昭和12年7月の、高級雑誌「ホームライフ」*1から。


「レヴューガール軍国的訓練」というタイトルの記事です。

大阪では松竹少女歌劇で男装ティームを募集した。身長五尺二寸(※約157.6センチ)以上、男装の麗人としての自信の保持者といふ特別資格にもおぢけず、集まつたりや ハツラツたる男もかなはぬ大柄の少女無慮300名、中から50名が選に入つたが、すべて軍教訓練で在郷軍人さんが、オリシキやシツケイなどをまづ教へるという変わつたレヴューガール訓練である。(ホーム・ライフ/昭和12年7月号)


「男もかなはぬ大柄の少女」達の中に、同じくらいの背丈の男性がいるのが見えるでしょうか。



ちなみにこの雑誌、「レヴューガール軍国的訓練」の掲載された号(←昭和12年の初夏)までは、おそろしく浮世離れした豪華な誌面です。たとえば、氷でくりぬいたスワンのお皿に、キャビア伊勢エビを配したサラダとか!


“パラソルは柄の素材にこだわりたいですね。セルロイドに自然の木、蛇やトカゲの皮の柄はいかが?”みたいな記事とか。


しかし、昭和12年の秋以降の「ホームライフ」は、まるで別の雑誌のように戦争一色になっています。防空頭巾、軍用鳩、日章旗の作り方、モンペ式国防服、出征の支度などの記事ばっかり。


氷でくりぬいたスワンのお皿と、お洒落パラソルは一体どこへ‥。
お洒落パラソルの代わりに、「出征旗」の需要が非常に高まったようです。
以下、「ホームライフ」昭和12年11月号の「旗屋」が急に忙しくなったという記事から。

事変とともに目のまはるほど忙しくなったものの1つに旗屋がある。出征旗、紙旗の制作は夜を日についでも注文に応じきれなかった有様。何しろ、提灯屋、葬式屋、手ぬぐい屋などがいっせいに臨時旗屋に転業しても需要を充たせないといふから凄まじい限りである。