佐藤いぬこのブログ

戦争まわりのアレコレを見やすく紹介

戦争末期の「あたしバカだからさあJAPAN」【獅子文六『一号倶楽部』】

自称「頭が悪い」女性が、軍人のあるべき姿を語る小説

 東京ポッド許可局の「あたしバカだからさあJAPAN」には笑ってしまいました。「私バカだから良く分かんないけど、アンタって◯◯だよね」。こうスバっと言ってくれる、美保純的な人をイメージした言葉だそうです。

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 今回紹介する昭和の人気作家・獅子文六『一号倶楽部』の主人公は、「あたしア、生まれつき頭が悪い」が口グセの女性。もし【あたしバカだから選手権】があったら、優勝候補まちがいなしです。

『一号倶楽部』は戦争の末期も末期(昭和19〜20年)、「主婦之友」に連載されました。

▽右は敗戦の年=昭和20年6月の「主婦之友」。『一号倶楽部』は、このヨレヨレに連載されていたのです。表紙には「本土決戦 勝利の防衛生活」の文字が。(左は昭和14年。同じ雑誌とは思えない!)

 『一号倶楽部』主人公の「お竹さん」は、ひょんなことから海軍飛行予科練習生(予科練)たちのお世話をすることになった霞ヶ浦の「おばさん」です。

善良なお竹さんは「あたしア、生まれつき頭が悪い」と言いつつも、聞きかじった軍人さんの言葉をオウム返しにする形で、熱弁をふるいます。

つまり“お上”の言葉を、わかりやすく翻訳してくれるキャラクター。

お竹さんの茨城弁は、都会のインテリ夫人(←海軍飛行予科練習生の母親。息子の命が心配でクヨクヨしている)にも、深く深く刺さるのでした。

「わが子が軍人になったら、わが子と思っちゃいけねえ」

 脚本家の笠原和夫昭和2年生まれ)はエッセイ*1で、獅子文六のことを「筆力をもって若者たちを海軍に志向させ」たと書いていますが、『一号倶楽部』は、そんな若者たちの母親世代が対象といえるでしょう。

「お竹さん」の熱弁をちょっと引用してみます。

予科練さんは、学校の生徒なんかと、まるでちがうんでさア。子供みたいな顔してるけど、もう立派な軍人さんなんですよ。軍人てものは、天子様がお許しのない限り、自分の好き勝手に、休んだり、辞めたりできねえもんだそうです。つまり、わが子が軍人になったら、わが子と思っちゃいけねえんだそうです。 いいですか、奥さん、そこが、世間とだいぶ違うところだ…

「わが子が軍人になったら、わが子と思っちゃいけねえ」*2のあとに、「いいですか、奥さん」としめる。ここで当時の読者は、ハッ!としたのでしょうか。

私も、よくは知りませんが、予科練さんてものは、これからの海軍の飛行機を背負って立つ、たいした軍人さんなんだそうですよ。なんでも、これからの戦さ(いくさ)は、海軍でも、飛行機でやるんだそうで、その飛行機に乗るにゃア、パリパリの若い者でなきゃアいけねえそうです。日本中の男の子の中で、ふるいにかけて、粒選りにしたような、頭のいい、体のいい、勘のいい、パリパリの、ピカピカの若い者でなければ、いけねえんだそうで…

「私も、よくは知りませんが」と話しはじめ、「パリパリの若い者」「ピカピカの」「パリパリの」……と、たどたどしく繰り返すお竹さん。ちなみに彼女自身も、川の事故で幼い息子を亡くしているという設定です。

▽連載の様子はこんな感じ(「主婦之友」昭和20年6月)。各ページに激しすぎるコピーが。この時点で小説を連載しているのは、獅子文六ただ1人。

 獅子文六は、1893年明治26年)生まれなので、敗戦時に52歳くらい。自分が戦場にいくことはない年齢です。

しかし子供の頃、日露戦争の勝利を経験している。獅子文六はエッセイ「戦勝の春」(昭和32年『遊べ遊べ』)で、少年時代の日露戦争を「あの頃の戦争は短くて良かった」「一億総動員なんてことをやらなくても戦争ができた」と回想しています。

戦場に行っていないけれど、「戦勝」の記憶はしっかり持っている世代…そんな世代だからこそ、敗戦のその時まで「パリパリの、ピカピカの」軍人像を描くことができたのかもしれません。

※『主婦之友』の激しすぎるスローガンについてはこちらのブログが詳しいです→狂気の「ぶち殺せ標語」(虚構の皇国 早川タダノリ)

タオルに見る国力の差

 さて突然ですが、ここでアメリカの雑誌『LIFE』に載っていた広告をご覧ください。あらキレイ…と見逃してしまいそうになるけれど、昭和20年8月の広告だということに注目!!『LIFE』は戦時中であってもゴージャスな広告が珍しくありません。でも当時の日本はボロボロの焼け野原、玉音放送まで秒読み。

こんな国に「パリパリの、ピカピカの若い者」を飛行機でブツけていた時代があったわけですよ。

雑誌『LIFE』(1945年8月13日号)

 一方、ちょうど同じ時期、獅子文六『一号倶楽部』が連載されていた『主婦之友』には、“アメリカがタオルや石鹸を投下してきたら、どんなに欲しくても絶対に拾うな”という哀しいメッセージが載っている。ああああああ。

「敵は物資の乏しいところへつけ入ってタオルや石鹸、煙草、菓子類など無害でそのまま役立つ生活必需品を投下することもある 咽喉から手が出そうなものでも、敵のものなど一指もふれぬ心構えが肝要

「ただ利用するだけのつもりがいつの間にか感謝に変り、厭戦へ和平へと敢闘精神を鈍らせる原因になります」

▽紙質が悪すぎて字がよみにくい、敗戦目前の『主婦之友』(昭和20年3月)

『主婦之友』(昭和20年3月)

 以上、戦争末期に書かれた獅子文六『一号倶楽部』の紹介でした。

『一号倶楽部』は『獅子文六全集』(朝日新聞社)の16巻に収録されています。16巻は戦時中の作品 *3が1冊にまとまっているので、人気作家の筆力が当時どう機能したかうかがえるはず。ぜひ読んでみてください。

narasige.hatenablog.com

*1:笠原和夫『破滅の美学』 ちくま文庫)「戦時中、私たちの世代なら大方が感奮させられた小説『海軍』の著者岩田豊雄氏が、獅子文六ペンネームで『てんやわんや』『自由学校』を発表し、戦後社会のオピニオンリーダーとして脚光浴びているのが許せなかった。海軍の実態は、岩田氏が書いたものとは全く違う。それはリアリストの岩田氏も認識していたはずである。それを隠して美化し、筆力をもって若者達を海軍に志向させ、それで死んだものも確実にいたはずだ。」

*2:同様のセリフは獅子文六『南の風』(昭和16)にも出てきます。「男は殿様のお宝、殿様の御楯。女は、それを、殿様からお預かりしてる勘定なんですよ」https://twitter.com/inukosato/status/1626538195264622592

*3:「私のことを戦犯だといって、人が後指をさす」( 獅子文六全集14巻「落人の旅」)原因となった作品

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