佐藤いぬこのブログ

戦争まわりのアレコレを見やすく紹介

【チャラ男はインフルエンサー】獅子文六『売屋』

 最近、お笑いトリオ「ぱーてぃーちゃん」を知りました。チャラ男1人にギャル2人という設定のグループです。

 私はお笑いをよく知らないけれども、けっこう動画を見てしまった。特に「チャラ男」役の人には、博多大吉先生的な何かを感じました。

獅子文六の短編『売家』と戦中のスローガン

 さて、戦時中の【チャラ男とギャル】(的な存在)*1のかけあいを読めるのが、昭和の人気作家・獅子文六の『売家』 *2です。(獅子文六全集11巻/朝日新聞社

 

 戦時中はなにかとスローガンがあるけれど、『売家』はチャラ男がそれをギャルに解説してあげるお話。つまり、チャラ男が(いま防衛省が探しているという噂の)インフルエンサー役なんですよ。

【参考画像】「臣道実践」「職域奉公」!

講談社「幼年倶楽部」昭和16年6月号

チャラ男がギャルに講義する「臣道実践」「公益優先」

 短編『売家』に出てくるチャラ男(的な人)は、ニヤケた役者。もともと彼は、女のノロケ話ばっかりしているような男でした。服装も派手で「ゾロリ」としていた。

 ところが、そんな彼が急に「臣道実践」「公益優先」をスラスラ言いだします。しかも「兵隊サンのような」国民服を着こみ、戦闘帽をかぶってウットリしてる。

楽屋でも大流行なんだよ。第一、便利でいいやね

と…。

 一方、チャラ男の幼なじみであるギャル(的な人)は、「新聞の演芸欄しか読まん女」。世の中の動きを全然わかっていません。

 そこでチャラ男はギャルに、日本がすっかり「新体制」*3になっていることを教えてあげるのです。

ギャルの好きな「資生堂の海老フライ」*4は、もう食べられない時代になっているということも。

 しかし、新聞を読まないギャルには「新体制」がピンとこない。

「いいえ、その、 新体制ってことね、ほんとは、どういうワケなの」

少し羞ずかしかったが、思いきって、聞いてみた。この頃、よく耳に入る言葉だが、彼女には当て推量すらできなかったのである。

 

「 新体制かい?つまり、その、なんだね…公益優先、臣道実践てえことさね。」

チャラ男先生の熱い講義は続きます。

  • 「公益優先、臣道実践」とは「つまり、朝から晩まで、お国のために尽くすことだアね」
  • 「職域奉公」とは「 役者は役者で、米屋は米屋で、炭屋は炭屋で、それぞれお国のために職業に精を出しゃアいいんだよ」

 ギャルは、「身近な世界に住む人間」=チャラ男の解説で、ようやく時代の急変を理解します。いきなり覚醒した彼女は「お国」に尽くす気まんまんに!愛人からもらった家を売り払い、その金を迷うことなく国に寄付するのでした。(だから、小説のタイトルが『売家』)

 当時の読者は、“チャラ男とギャル”のやりとりを笑いながらも、あらためて「時局を認識」したことでしょう。

▽戦前、ユーモア作家としてデビューした獅子文六。しかし日米開戦の翌年には、のちに「私のことを戦犯だといって、人が後指をさす」*5原因となった小説『海軍』を朝日新聞に連載しています。

昭和17年12月『主婦之友・大東亜戦争一周年記念号』

narasige.hatenablog.com


▽参考:「新体制」を漫画で解説しているケース。「ぜいたくは敵だ」や「買えよ国債」など。(新潮社「日の出」昭和15年12月)

新潮社「日の出」昭和15年12月

▽参考2:NHKアーカイブスより昭和16年6月大政翼賛会の会議記録。「高度国防国家体制は、かかる力強き臣道実践体制の確立によってのみ、初めて実現できるのであります」

www2.nhk.or.jp

narasige.hatenablog.com

narasige.hatenablog.com

 

*1:説明の都合上、『売家』の登場人物を雑にチャラ男とギャルにたとえましたが、実はこのチャラ男、(気持ちはすごく若いけれど)設定はけっこうおじさんです。ここがポイント。もしチャラ男が本当に若かったなら、戦場も戦死も身近なわけで、「国民服は楽屋でも大流行なんだよ。第一、便利でいいやね」などと言っていられないはずだし、この短編も成立しないでしょう。

*2:『売家』は書かれた年がわかりませんが、日米開戦が目前にせまった時期の作品と思われます

*3:昭和15年6月、近衛文麿の提唱で、“新体制運動”が始まったが、これは挙国一致を目指す総力戦体制のための政治運動であった。したがって国民の生活や考え方も、戦争完遂のための“新体制”の趣旨に沿うことが要求された。個人主義的、自由主義的な考え方や、贅沢で派手な生活等は“新体制”に反するものであった。」獅子文六全集11巻注釈より。

*4:資生堂パーラー獅子文六のエッセイ『ちんちん電車』によれば、若い頃、友人に「資生堂の息子」がいたためパーラーによく行っていたとのこと。

*5:獅子文六全集14巻「落人の旅」

h3 { color: #FFFFFF; background: #000000; padding: 0.5em; } h4 { border-bottom: dashed 2px #000000; } h5 { border-bottom: double 5px #000000; }