お墓と、獅子文六「青春怪談」

 

獅子文六の「 青春怪談」がちくま文庫から復刊されました。山崎まどかさんの熱い解説が「ちくまweb」で読めます。この解説を読めば、青春怪談を買いたくなること間違いなし!

 

山崎まどかさんは「 青春怪談」の胸がキュンとなるロケーションとして、向島百花園の萩のトンネルをあげておられます。ちなみに花にすごくウトい私がキュンとしたロケーションは「多磨墓地」でした。「多磨墓地」で純情な中年カップルが、墓参りで偶然鉢合わせしてしまうのです。「墓地」なのにキュン、が可能な理由をちょっと考えてみました。

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平面図はhttp://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001282291-00より

 

 

(1)多磨墓地は、豊かだった時代が冷凍保存されているから

多磨墓地は大正12年の春、つまり関東大震災のちょっと前に開園しました。「青春怪談」の中での多磨墓地は「日本が少しは裕福だった時代に、造られた墓地だけあって、規模が大きく、設計が行き届いていた。」と書かれています。戦前、恵まれたお家で育った中年カップルにとって「日本が少しは裕福だった時代」ならではのドーンと立派な施設は、もっとも馴染み深いモノだったのではないでしょうか。

 

「規模が大きくて設計が行き届いていた場所なんて、他にも沢山あるのでは?」と思われるかもしれません。しかし敗戦後しばらくの期間、都心の施設は立派なら立派なほど進駐軍に接収されちゃって、さらに周囲には豊かさの分け前を求める人々が群がったり、また接収を免れても妙な変化をしてみたり(日劇→■)、という経緯があります。なので戦前派カップルにとって、ちと複雑な思いがよぎる可能性有。

 

その点、都心を離れた多磨墓地は、そこまで時代の推移を感じさせない、ナイスなロケーションなのです!(厳密にいえば周辺エリアに京王閣→■だの、調布飛行場だの接収された場所もありますが、お墓参りにはそれほど影響なかったと思われます。)

 

(2)多磨墓地は、最新型だから

お墓でデートというと、ヒュ〜、ドロドロ〜なイメージですが、多磨墓地は違います。なにしろ、日本で初めて欧米の公園墓地を参考にして造られたんですから。「青春怪談」にも「中央の大道路は、見上げるような赤松の林立と、鐘楼風の噴水塔が、墓地というより公園へきた印象を与えた。」とあり、もうすぐ50歳を迎える蝶子さんは、その「大道路」を歩くのが好きという設定です。

 

開園に携わった東京市の担当者の手記→■を読むと、オープン当初、世間は新型の公園墓地にとても冷ややかで「当局の非常識に呆れた」という空気があったこと、関東大震災後に寺院の墓が壊滅状態になった人々が「移転先」としてやむを得ず多磨墓地を使うようになったこと、次第に社会的名士の利用者が増えて東京名所の一つになったこと、などが書かれています。

 

蝶子さんが慕いまくっている鉄也も、娘・千春の母の墓を建てる際のエピソードとして「あの頃は、多磨墓地も、開始匆々で、望みの場所が手に入りましたな」などと語っています。

 

さて現代人にとって多磨墓地は大正12年開園の古い場所。しかし「青春怪談」の書かれた昭和29年からみれば、大正12年は約32年前なんですね。ちなみに東京ディズニーランドの開園は今から約34年前です。ほら、同じくらいの年数ではありませんか?!

 

お若い方には想像しにくいかもしれませんが、中高年にとって30年前は「つい昨日」の感覚なのです!「青春怪談」の純情中年カップルにとって、多磨墓地はつい昨日オープンした新鮮な場所だったのかもしれません。

 

【参考画像 】 つい昨日(1983年)の人気者、イウォーク

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【参考画像 】 銀座松屋:昭和27年接収解除

Matsuya Ginza branch of the Tokyo PX, 1952 | The Matsuya Gin… | Flickr

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【参考画像 】東京宝塚劇場:昭和30年接収解除

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