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銀座のオアシス

銀座松坂屋のあたりに、魅力的な施設が出来ることを告げる看板です。

といってもギンザシックスではありません。 

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この写真は師岡宏次写真集「想い出の東京」より。解説を引用します。

 

ダンスホール開場」

銀座松坂屋の地下室が焼け残った。そこは進駐軍専用のダンスホールになり、焼け野原に看板が立った。(昭和21年)

看板の文字には、英語でつぎのように書いてあった

 

開店

連合軍のための近代的ダンスホール

オアシスオブギンザ

モダンスウィングオーケストラ 500人の日本人の踊り子 また近々にこの建物の地下におみやげもの店、キャバレー、ビヤホール開店。日本食レストランもあり。

松坂屋百貨店

 

 

 

■参考画像 「オアシスオブギンザ」の入り口写真

Tokyo, fall of 1945 (文化社): 1946|書誌詳細|国立国会図書館サーチから

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拡大すると、R.A.A.特殊慰安施設協会)の文字が。

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■作家高見順の「敗戦日記」にも、「オアシス オブ ギンザ」が登場しています。ここでは、ごく一部を抜粋。

 

10月1日 墨堤の大倉別荘が進駐軍慰安所になる。一度暇を見て向島の移り変わりを見に行かねばなるまい。

11月14日 松坂屋の横にOasis of Ginzaと書いた派手な大看板が出ている。下に R.A.A.とある。Recreation and Amusement Associationの略である。(中略)

「のぞいて見たいが、入れないんでね」というと、伊東君が
「地下二階までは行けるんですよ」

地下二階で「浮世絵展覧会」をやっている。その下の三階がキャバレーで、アメリカ兵と一緒に降りて行くと、三階への降り口に連合国軍隊ニ限ル」と貼り紙があった。(中略)

下階から音楽が響いてくる。栄養失調の身体を汚い国民服に包んだ日本人の群れが、空腹をかかえてうろうろしている。楽しそうな音楽も一向に気分を引き立てないようである。

 
 

 

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